第11話 現れたのはサビひとつない鉄の扉

 現れたのはサビひとつない鉄の扉だった。

「……は、はやく開けてよ……! そんなに長く持たないよ!」

 魔法陣から放たれる魔力は予想以上に強かった。一部を撹拌しているだけなのに消耗が激しい。たぶん、五分ももたない。

「そうは言っても信じられないほど重いぞこれ……!」

「押しても引いても動きませんね!」

「……もうダメ……」

 私は魔法の杖を下ろした。そのまま地面にしゃがみこむ。頭がクラクラしてめまいがする。倒れそうになるのをなんとか踏ん張って耐える。

「扉が見えなくなったな」

「間違って開けられてしまわないように物理的な封印もされているようですね」

 アエラスとセレファインが口々に言う。

「鍵師がいるか?」

「鍵らしきものは見つかりませんでしたし……単純に重さか、裏からかんぬきで抑えられてるか、その両方でしょう」

「どちらにしろ物理的に破壊するしかないのか」

「ハンマーやドリルで穴を開けるとかですかね」

「サビすらない鉄だぞ……おそらくオリハルコンとの合金だ。並の道具じゃ傷ひとつつけられない」

「どうしましょう……この事態は想定していませんでした……ん?」

 私はセレファインの裾を引っ張った。

「とりあえず地上に戻ろうよ。私はもう限界」

「魔力切れですか」

 セレファインはしゃがみこんで、軽々と私をおぶさった。首筋からなんだかさわやかないい匂いがした。

「意外と力はあるんだな」

 アエラスが感心している。

「僧侶ですから」

「……僧侶は関係なくない?」

「ここにいても今はできることがありませんから一度地上に戻りましょう」

 一度、私たちは地上に戻った。聖墳墓を出る時、入口にいた新米騎士さんが心配そうに私に声をかけてくれた。

 せっかく目の前にお宝があるというのに手が出せないのは歯がゆい。なにか方法はないかと作戦会議だ。私が動けないので、場所は私が借りている宿の部屋となった。

 私はベッドに寝かされ、その傍らにセレファインが座った。アエラスは部屋に一脚だけある椅子に腰を下ろしている。ちなみに兄様は私の横に置かれている。

「調査はいったんここで終了か?」

 口火を切ったのはアエラスだった。

「……そうですね。これ以上できることはありませんので」

「だったら俺はここで降りさせてもらう」

「えぇ……エレメント見たくないの?」

 私が文句を言うとアエラスは笑った。

「見たいけど、仕事として続けるなら別料金をもらいたいところだな」

「……それもそっか」

「お金次第では今後も手伝うぜ」

「アエラスさんはおいくつなんですか?」

 唐突にセレファインがアエラスに聞いた。

「今年で70くらいかな」

「じじい!」

「うるせぇ! エルフはヒトより長生きなんだよ。っていうかヒトの寿命が短すぎるんだ。たかだか百で死ぬとかどうなってんだ」

「簡単に経歴を教えてください」

「なんだ、面接か? 昔は軍にいたよ。ある日、帝国軍との小競り合いがあってな。戦闘に負けた俺は母国に戻れなくなり、冒険者になった。五十年くらい前の話だ。その後は護衛の仕事やダンジョン探掘なんかをやりつつ金を貯めて……いつか森に戻ろうと思ってたんだけど、冒険者の自由闊達な空気に慣れるにつれて、あの掟の厳しい世界に戻れる気がしなくなってな。それで今も冒険者をやってるわけだ」

「へぇー」

 初めて知った。

「メルさんは?」

「……私?」

 まさか私も聞かれるとは思わなかった。

「そのお歳で冒険者……それもかなり腕が立ちます。もし宜しければ正式に雇いたいと思いまして」

「そんなことしなくても」

 ある意味私は弱味を握られている形だし、兄様を人間に戻すために賢者の石を探しているのだから、あえて雇われなくても、このままセレファインについて行くつもりだった。

「おい、ちゃんとした契約してなかったのか?」

 アエラスが言った。

「メル、お前、そんなんだから俺みたいなやつに安く使われるんだぞ」

「あ! 騙してたこと認めたな!」

「騙しちゃいない。お互い納得の仕事だっただろう? それにこうしてタダ働きしてやったんだからチャラだ」

「……むぅ」

「まぁまぁ……それでお聞かせいただけますか? 話せる範囲で結構ですよ。単にお支払いする報酬の参考にするだけですから」

「……うーん」

 さて、どう答えれば良いんだろう?

『出身は魔女共和国の騎士で、国を出奔した魔女を探してると答えるのが良いんじゃないか?』

 兄様がささやいた。

『十六歳の騎士が一人で? ちょっと設定に無理があるような』

『その方がかえって詮索されなくて済みそうじゃないか。セレファインやアエラスの性格から考えて』

『なーほーね』

 私は兄様に言われた通りに受け答えした。案の定、アエラスもセレファインも、少し不審そうな顔をしたが深くは聞いてこなかった。

「魔女共和国の騎士か……どうりで魔法も剣も使いこなせるわけだ。強いのも納得だな」

 アエラスは言った。

「これは少し高めの報酬の方が良さそうですね」

 セレファインはそう言うと、アエラスと私に契約期間と金額を提示してきた。アエラスも私も特に異論はなくすんなりと決まった。契約書はあす、セレファインが書いてくれるらしい。

「今後もこの賢者の石を探す仕事を続けるのは構わないけど……次はどうするんだ? あのオリハルコンの扉をなんとかしなきゃならんだろ」

「サウスマウンテンに行ってみようかと思いまして」

「サウスマウンテン?」

 私が聞き返すとアエラスが言った。

「知らんのか? ドワーフの世界だ」

「それくらいは知ってるよ……行く理由がよく分からないだけだよ……」

「合金の扉なら金属に詳しい種族に聞くのが良いと思いまして」

「それだけならその辺のドワーフをとっ捕まえて聞けば良いんじゃないか?」

「それはそうなんですが……」

「なにか他の理由があるの?」

「……賢者の石は四つのエレメントに分かれているじゃないですか。今回ボクたちが開けようとした扉の先には、たぶん、土のエレメントがあります。残り三つのエレメントも探しておこうと思いまして。それで手始めにサウスマウンテンに行こうかと」

「土のエレメントは後回しにするってこと?」

「というより、他のエレメントがないと開かない類の仕掛けかもしれなくて……平原碑文写本にもそう読み取れる記載があります」

「なーほーね」

「どのエレメントも他のエレメントが必要な仕組みだったとしたら、最初のひとつはどうやって手に入れるんだよ」

「わかりません」

「そりゃそうだな」

「わかんないかー」

 わかっていたら調査しないからね。しょうがないね。

「ただ全部調べれば何かつかめるかもしれません」

「……なあ、これ何年かかる仕事なんだ?」

「エレメントのある場所については当たりがついています。長くても十年、短ければ三年くらいですかね。移動時間も入れて」

「長い……長くない?」

「そうか? 十年なんてすぐだろ」

 私の人生の約半分なのですがそれは。

「途中でやめてくださっても良いですよ。さすがに契約したばかりなのでサウスマウンテンまでは付き合って頂きたいですけど」

「俺は別に良いよ。むしろこういう仕事は好きだぜ。昔は古代神殿の探掘に良く行った。あれは楽しかった……!」

「まぁ私も良いけど……」

 十年と聞いて身構えてしまったものの、他にいまできることもない。

「ありがとうございます。じゃあ早速、あすにでもサウスマウンテンに向かいましょう」

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