第12話 世界はセルキーが住む地中海を中心に

 世界はセルキーが住む地中海を中心にして大きく四つにわかれている。すなわち、ヒトが住むイーストプレーン、エルフが住むノースウッド、ドワーフが住むサウスマウンテン、魔族が住むドライプラトーだ。その外側は大洋と呼ばれる遠大な海が広がる。この大洋に未知の世界があるとかないとか言われる。あると考えるのが自然なのだけれど、この大洋に出るためには、激しい気象に晒されながら、世界を閉じ込めている強い海流や気流に打ち勝つ必要があり、歴史上、世界の外に出たものはいない。あるいはいるかもしれないけれど、戻ってきた者はいない。大洋の外に世界があるのかないのか

、どちらにしろ確かめようがないことなので、夜空に浮かぶ星々と同じような扱いになっている。

 さてイーストプレーンは、地中海、ノースウッド、サウスマウンテン、ドライプラトーのすべてに接していることや地中海の西に陸地がないことから、セントラルと呼ばれることがある。特に帝国の人達が好む呼び方だ。自分たちが世界の中心であり、支配者だという自負があるのかもしれない。イーストプレーンかセントラルかなんて実にどうでも良いことではあるけれど、地図を書く時にはイーストプレーンを中心にすることが一般的なので、どうしてもエルフやドワーフは辺境の民というイメージが付きまとう。人数的にもヒトが圧倒的に多いこともそれを助長する。

 ヒト……特に帝国のヒト達はエルフやドワーフに対して偏見や差別が根強い。昔から戦争を繰り返してきたことも相まって互いに嫌いあっている。ギルド自治領内でもそういった傾向はあって、同じ人種でパーティーを組むことが圧倒的に多い。アエラスに言わせれば、私のようにエルフやドワーフと対等に話すヒトは珍しいんだとか。セレファインもその珍しい部類に入るらしい。

 魔女共和国出身の私としてはその感覚がいまひとつぴんと来ない。帝国のヒト達も含めて、外国人というくくりになってしまうからだと思う。共和国は共和国で基本、閉鎖的な国なので、国内では外国人差別が……みたいな話をたまに聞く。結局、どこも似たようなものなのだろうと思う。

 世界はそんな感じに分かれているので、ヒトの世界から別の人種の世界に行くのはそれなりに面倒である。明確な境界線があるわけではないものの、別の勢力圏に入れば警戒されるし、都市に入る時の手続きも変わる。使節団の一員として動いていた時はそういった諸々の細かいことは、あの貴族のおじさんがやってくれていたけれど、今度のサウスマウンテンまでの旅程はそうはいかない。ギルド自治領のように、過去や人種を問わず受け入れてくれるようなことはないのだ。というかギルド自治領が例外で普通は、身分の不確かなあやしい者を受け入れはしない。つまり、たとえば私みたいな、素性があやしい、あるいは国に追われているなど素性を明らかに出来ない者は、そう簡単には外界には行けないのである。

 そんな無頼が外界に行きたい時はどうするか。簡単だ。ギルドに身分証明をしてもらうのである。ギルドが国家を超えて割と何でもできてしまうのは、色々問題があるにはあるのだけれど、そこには国家間の大人の事情で容認されている。具体的には物流の確保のためだと私は習いました。あとは歴史的な経緯がなんとか。

 とにかくギルドに行けば身分証が発行してもらえる。そしてこの身分証を使えばどこにでも行ける。そういう話だ。

「メルさんに身分証を発行するには実績が足りませんね……あと保証料も別途必要です」

「えぇ……」

 ギルドの窓口であっさり拒否されてしまった。年若い女性だ。

「なんとかなりませんか? ボクが保証人になっても良いです」

 セレファインが口添えしてくれるけれど、

「保証料はそれでも構いませんが……僧侶のセレファインさんが保証するならオルデア教団で身分証明してもらった方が良いのではないでしょうか?」

 ド正論がかえってきて手も足も出なくなった。

「ちなみにどれくらい実績を積めば良いんですか?」

 私が聞くとギルドの職員はベラペラと書類を確認してこう答えた。

「そうですね……メルさんの場合は、いまのペースで実績を積むならあと一年はかかると思います。物凄く重大な仕事をしたら別ですが」

「物凄く重大な仕事って何ですか?」

「ドラゴンの討伐や魔族の制圧などですね。戦争や紛争に参加するのも良いでしょう」

「なーほーね」

 確かにどれも物凄く重大だ。都市の存亡に関わるくらいの。

 結局、ギルドでの身分証明はいったん諦めることになった。

 セレファインもアエラスも、魔女共和国の身分証明書を使えば良いのではないか? とは言わなかった。それが出来る人間ならあえて素性を隠して冒険者をする必要はないからだ。過去や素性を詮索しない冒険者の流儀はありがたいけれど、それはギルド自治領内でしか通用しない。

「まぁ都市に入らないなら、身分証はなくてもなんとかなるけどな」

 肩を落としてギルド領事館の玄関ロビーに戻ってきた私たちにアエラスは言った。

「どういうこと?」

「護衛の依頼でノースウッドやサウスマウンテンに行くことはあるし、その依頼を受けた冒険者が身分証を持ってないのも良くあることだからな」

「じゃあ要らないってこと?」

「その代わり地元の軍警に何もしてもらえなくても、あるいは何をされても文句は言えない。財産を盗られても取り返してくれる人はいないし、襲われても誰も守ってくれない。都市には入れないから常に野宿で、食糧の確保も難しくなる。全部自分でなんとかしなきゃいけない」

「ハード過ぎない?」

「護衛だったらそのまま帰れば良いだけだから問題にならんだろ。知らなかったのか?」

「そんな遠くまでの護衛の仕事したことないもん」

「それもそうか」

 いつだったか言われた言葉が思い出される。「自分の身は自分で守る。それが自由の代償」だったかな。なーほーね、こういうことなのね。いまさら、冒険者という立場に実感が湧いてきた。

「ボクは一年くらいなら待っても良いですけどね」

「俺も構わないぞ。その間、カネが貰えるなら」

 なんて気の長い人達なんだと私は呆れた。

『急がないなら一年かけてゆっくり地力を高めるのも手だな』

『兄様まで……』

 確かに焦る必要はないかもしれないけど、一年ものんびりしてて良いものなの? わからない。その間に死ぬことだって有り得るし、なんなら魔女共和国に帰る目処がつくかもしれないし……その時は契約解除して帰れば良いだけなのか。

 うーん……よく分からない。

 頭を悩ませているとふたつの依頼が目に入った。

――――

 エオリッド道魔族討伐依頼

 エオリッド道の中腹で魔族のキャンプ地が発見されました。規模は分隊程度(六から八体)。帝国騎士団が到着するまでの間の都市防衛または討伐。

 一ヶ月間の防衛で六十万イェン。討伐に成功した場合は百万イェンの報酬。

 依頼者:帝国軍東部鎮台及びギルド自治領フットヒル領主

――――

 これはフットヒルに来る時に見かけたあの魔族のことだろう。

 そしてもうひとつ目に入った依頼がこれだ。

――――

 グリムフリド鎮圧作戦参加募集

 帝国領グリムフリドで反乱勃発。帝国はこれを鎮圧するために東部鎮台より派兵を決定。魔族掃討作戦と時期が重なっていることより急遽兵士を募集する。主な任務は後方支援。作戦期間は三ヶ月。報酬は月三十万イェン。戦果により追加報酬あり。

 依頼者:帝国軍東部鎮台

――――

『この反乱というのは私たちを襲った奴らかな』

『たぶんそうだろうな』

 どちらも大きな仕事だ。ギルドの職員が言っていた、魔族の制圧や戦争の参加という類の。これらのうちどちらかをこなせば身分証明を得る実績には充分だろう。

 請け負うとするなら、より仕事が短い魔族討伐だろうけど……安全性でいえば後方任務の鎮圧作戦参加の方が良いはする。

『ひとりで参加するんじゃなくてセレファインとアエラスを巻き込んでパーティーで仕事するのもありだろう』

 兄様が言った。

 それもそうだ。私はセレファインもアエラスに聞いてみた。

「ねえ……あれに参加するのはどう?」

「あれってどれだ?」

「魔族討伐と反乱鎮圧」

 魔族討伐の言葉にセレファインがびくっと反応したような……気のせいだろうか。

「魔族征伐ねぇ……」

 なおアエラスにいたっては「びくっ」とどころではない好戦的な構えを見せる。二人とも魔族となにか因縁があるのかもしれない。

「……」

「セレファイン、どうかした?」

 セレファインが深刻な面持ちでいるので気になった。

「あ……いえ、少し不自然な気がしまして」

「不自然?」

「たまたま魔族出現と反乱発生が重なったのでしたら良いんですけどね」

「なにか関係があるってこと?」

「確かなことは言えませんが、魔族出現の報せを聞いて反乱を起こした……ぐらいのことはありそうですね」

「なーほーね」

 確かにそれはありそう。

「俺なら魔族討伐を選ぶが、この依頼がどうかしたのか?」

 アエラスが言った。

「ギルドから身分証明もらえる実績になるないかな」

「良いと思うぞ」

「ボクも悪くないと思います」

「一緒に参加してくれる?」

「報酬は山分けだぞ。あとセレファインからももらうぞ」

「アエラス……がめつ過ぎない?」

「ボクは構いませんよ」

 セレファインは笑っている。

「じゃあ決定だね。窓口行ってくる」

 よし。恨みはないけど魔族ぶっころす。すまんね。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る