死神先生の契約結婚―無表情の夫と作り笑いの妻―

第3話 当主からの命令

内心はため息であふれていた。

早戸家は凉花の実家ではあったが、それは戸（こ）籍（せき）上の関係。

その間に親子愛はなく、実家で過ごす必要もない。

病院で働き始めてからは一日のほとんどを病院で、夜のほとんどを病院の仮眠室で過ごしていた。

しかし、突然言われた当主である養（よう）父（ふ）からの帰宅の命。

凉花は病院を離（はな）れるしかなかった。

「失礼します」

「凉花様。お久しぶりのお帰りで」

ガラガラと実家の玄関扉を開けると、奥から使用人の一人がやってくる。

「旦那様がお待ちです」

「はい」

使用人と共に当主の部屋に向かう。

「旦那様。凉花様がいらっしゃいました」

「入れ」

屋敷の奥の部屋。

早戸当主の声が扉の向こうから返ってくる。

使用人が開けてくれた扉をくぐると、背後で扉が閉まった。

「そこに」

「はい」

示された座（ざ）布（ぶ）団（とん）に座り、姿（し）勢（せい）を正す。

成長した今でも、当主と相対するときは、暗殺の瞬間と同じぐらい緊張する。

「凉花。日（ひ）頃（ごろ）の活躍について報告をうけている。今年の暗殺数はお前が最多だ。早戸家としても誇（ほこ）らしい」

「ありがとうございます」

多く暗殺しても褒（ほ）められはしないが、少ないと怒られる。

いつものやりとりを笑顔でやり過ごしていると、大きなため息をつかれた。

「全く、お前のその笑顔だけはきれいだな。だが、安心しろ。わしらがお前に求めているのは愛（あい）嬌（きょう）じゃない。その能力なんだからな」

「承（しょう）知（ち）しています」

「まぁ、立河家だと、少しは使い物になるかもしれん」

「…はい？」

凉花の思考と笑みが止まった。

突然入ってきた名前は、聞き間違いかもしれない。

それを察したのか、早戸当主はにやり、といじわるな笑みを浮かべた。

「立河家だ。あそこの息子は、軍学校でも見たことがあるだろう？その立河家から、婚（こん）姻（いん）の打（だ）診（しん）が来ている」

「私に、ですか？」

「ああ」

立河の息子である立河　佳入は今日の病院でみた噂の美男子。

無表情だが、その美貌で多くのご婦人を虜（とりこ）にしている。

軍学校の頃からそうだった。

軍学校で常に首席を保持していたため、凉花は一方的に敵（てき）対（たい）視（し）していた。

彼のせいで凉花は首席をとれず、何度この当主に小言を言われたか。

「断る理由はない。これは早戸家と『忍者』が存（そん）続（ぞく）のために必要な婚姻。今週末に結（ゆい）納（のう）と祝（しゅく）言（げん）だ」

「…………はい？」