第17話:二人の部員 山際瑛子・大庭裕太郎(1)



 冬が終わり、春が来る。


 朝こそまだ肌寒い日があるものの、日中は気温が上がり、体育の授業を半袖の体操服で汗を掻きながら過ごす者も増えてきた。

 寒さに震える冬から一転して、世界が華やぐように明るくなる季節だ。とりわけ進学する生徒達は期待に胸を湧かせている。

 進学先はどんな校舎だろう、クラスはどうなるだろう、進学先でどんな部活に入ろう……。そんな話題で盛り上がるあたり、生活水準こそ天上人といえども白羽学園の生徒達も所詮は子供である。一般的な学生達とそう変わらない。


 だがそんな浮足立つ空気にいま一つ染まれずにいる者もいた。

 小等部北校舎三階、突き当りの空き教室を陣取る三人である。


「別の学校に行くわけでもねぇのに、よくああも楽しそうに出来るよな」


 馬鹿にした口調で話すのは、今日も今日とて机に脚を置いてゲームに興じる北条亮也。

 なにせここは白羽学園。幼稚部から大学院まで揃っており、進学しようとも校舎が変わるだけだ。見慣れた学園の見慣れた道を通り、見慣れた建物と似た近くの建物に通うだけである。景色も何も変わり映えしない。


「そうですねぇ。クラスと言いましても、亮也さんと聡さんとは変わらず同じクラスでしょうし」


 刺繍がてらの鴨川茜が亮也の話に同意する。

 自分達が別のクラスになることは有り得ないと言いたげな口調。茜にとって同じクラスへの配置は当然のこと過ぎて断言するほどの勢いもない。

 だが事実、茜と亮也と聡の三人は幼稚部から一度として別のクラスになったことが無い。それどころか遠足も課外授業も同じ班だ。

 そこに親の権威が関与しているのは言うまでも無く、クラス決めの会議でも話し合う以前に決定されている。

 これに異論を唱える教師はいない。……かつて異論を唱えそうな教師が居たには居たが、彼女は檻のついた病室だ。


「部活動だって同じですよ。こうやって変わらず過ごすのが一番です。中学部の建物も空き教室はありますし、そこをお借りしましょう」


 最後を締め括ったのは久我聡。

 読んでいた本を一度机に置き、疲れたのか眼鏡を外して目頭を押さえながら話す。大人のような仕草だ。


 そんな三人のやりとり。いつも通りダラダラと会話をして、また各々の作業に戻る。

 これを六年間毎日のように繰り返していた。時にはもう一人増えることもあったが、まれなことだ。

 だけど……、


「凄いね。大庭くんは来年六年生だけど、先輩達のようになるのかな?」

「えっ、ぼ、僕は……、先輩達のようにはなれそうにないかな……。それに山際さんだって来年は六年生でしょ」

「そっかぁ」


 と、今日に限っては、否、ここ数日は、三人の他愛もない雑談に二人分の会話が加わっていた。


 山際やまぎわ瑛子えいこ、小学五年生の女子生徒。黒髪を左右に三つ編みにし常に笑顔を絶やさぬ少女だ。いわゆる『天然』あるいは『不思議ちゃん』というもので時折ずれた発言をするが、指摘されても笑顔を絶やすことはない。

 対しておどおどした口調で返答をするのは、瑛子と同じ小学五年生の男子生徒、大庭おおば裕太郎ゆうたろう。細身で高身長、一学年上の亮也や聡よりも背が高く、中学生にだって混ざれるだろう。だが優れた体躯に反して気弱な性格をしており、そのせいか猫背がちである。


 二人の会話を、亮也はさほど興味も無さそうに、聡は後輩を見守る先輩といった真面目ぶった表情で、そして茜は穏やかに微笑みながら眺めていた。


「ですが、せっかくお二人も入部してくださったのに私達がすぐに卒業してしまうなんて、残念ですね。ねぇ聡さん」

「そうですね。五人なんてはじめてなのに」


 残念だと茜と聡が話せば、後輩二人も惜しまれて気分は悪くないのか、瑛子は嬉しそうに笑み、裕太郎も気恥ずかしそうに苦笑を浮かべた。


 瑛子と裕太郎が同時に空き教室を訪ねたのは今から一週間前、学年末テストの最中のこと。

 教室前で二の足を踏んでいた裕太郎に瑛子が声をかけ、二人で教室の扉を開けたのだ。

 それ以降『こわいもの倶楽部』は五人で活動している。聡の言う通り、五人での活動は初めてだ。……四人になっても、すぐに三人に戻っていたから。


 もっとも、五人になれども変わらず空き教室でダラダラと過ごすだけである。亮也はゲーム、聡は読書、茜は刺繍。裕太郎は読書をしたり時折はノートに絵を描いて過ごし、瑛子はぼーっと窓の外を眺めていることが多い。

 そんな時間に退屈を覚えたのか、瑛子が「先輩」と誰ともなく三人を呼んだ。返事をしたのは聡。


「いつになったら探しに行くんですか?」

「探しにって何をですか」

「『こわいもの』ですよ。それがこの倶楽部じゃないですか」


 あっけらかんとした瑛子の言葉。これに対して聡はもちろん、亮也も茜も、そして裕太郎も「え、」と声を漏らした。

 前者三人は顔を強張らせて、裕太郎だけは不思議そうに。

 一瞬室内が静まり返り、裕太郎だけが瑛子を呼んだ。


「こわいものを探すって、山際さん、どういうこと? 肝試しみたいなことをするの?」

「そうだよ。こわいものを探すの。大庭君は探さないの? 知らなかったのにここに来たの?」

「えっ……、ぼ、僕は肝試しとかはちょっと……。この倶楽部に入ったのは、その……、せ、先輩達に憧れてたんだ」


 しどろもどろで裕太郎が話す。言わずもがな、『三人に媚び売って取り入るように親に言われたから入部した』等と当人達の前では言えないからだ。

 裕太郎の親はどちらも弁護士をしており、各界の著名な人物とも関りがある。立派な事務所を構え上客も多数抱えており、いわゆる『やり手弁護士』というものだ。そして事業を更に拡大させるため、子をダシにして三人の親と繋がろうと考えた。白羽学園ではよくある話だ。

 だがそれを馬鹿正直に説明するわけにもいかず裕太郎が必死に誤魔化せば、幸い瑛子はさほど疑いもしなかったようで「ふぅん」とだけ返してきた。次いで話の先を求めるように聡達に視線を向ける。

 三人は強張った顔のまましばし黙り込み……、茜が口を開いた。


「私達のこと、よくご存じですのね」

「探しているひとのことは知ってます。それで、いつ探しに行くんですか?」

「……そう。でも、肝試しと言っても」

「面白い話があるんです」


 躊躇いがちな茜の言葉に瑛子が被さるように話し出した。

 本来ならば上級生の、それも教師すらも逆らえない茜の話に被せるなど許されないことだが、瑛子自信は気に掛けている様子は無い。場の空気を読みがちな裕太郎だけがヒヤヒヤとしているだけだ。

 亮也と聡が鋭い眼光で瑛子を見据える中、茜が穏やかに微笑みつつ「面白いお話ですか?」と先を促した。


「この学校に纏わる話です」


 にっこりと笑顔を浮かべたまま、瑛子が話し出した。



 白羽学園では時折子供が消えている。だが誰もそれに気付かず日常を送っている。

 そんな白羽学園の北校舎では、夜な夜な消えた子供達の悲鳴が響き渡る……。



「という話です」


 あっさりと瑛子が話し終えた。表情も声色も口調も明るく、まったく怪談を語るものではない。まるで他愛もない雑談を、それも聞いたところで身にならない話をするかのようではないか。

 これに拍子抜けしたのは裕太郎だ。瑛子が話し出した時こそ眉尻を下げた不安そうな表情で聞いていたのだが、さすがにこれでは怖がりようがない。「それだけ?」と間の抜けた声で瑛子に尋ねた。


「もっと他に情報はないの? どんな悲鳴が聞こえてくるかとか、どうして悲鳴が聞こえてくるのかとか」


 怪談ゆえ起承転結とまではいかないが、それでも殆どの怪談には多少なり情報がある。『いつ』『どこで』『誰が』『どうして』、他にも怪奇現象の発生条件や遭遇した者の末路、なかには怪奇現象から逃れる方法等々。それらの情報が怪談を身近に感じさせ、生々しさと悍ましさを増させるのだ。

 だというのに先程瑛子が話した内容はどうだ。これでは怪談話のあらすじにもならず、怖がれと言うのが無理な話。

 拍子抜けだと言いたげな裕太郎の訴えに、対して瑛子は肩を竦めて返すだけだ。どうやら本当に話の内容はこれだけらしい。

 ありきたりで凡百な怪談だろうと、インターネットで語られる素人作の怪談だろうと、もう少し中身があるというのに。


「こんなに短い話じゃ、先輩達も面白いなんて」

「あら、とても興味深いお話じゃありませんか」

「え……、鴨川先輩?」

「あぁ、初めて聞いた話だ。北校舎ってここの事だろう、まさか俺達がいつも通ってる校舎に怪談話があるなんてな」

「自分達の生活エリアで子供が消えるなんて怖いですね」


 あまりの内容の薄さに拍子抜けした裕太郎とは逆に、亮也達はこの話に興味を抱いたようだ。

 彼等の瞳が期待でキラキラと……、いや、それより些か濃く、ギラギラと輝く。その言い知れぬ圧に裕太郎は何も言えなくなり、元より猫背だった背を更に丸めて「そ、そうですか」とか細い声で返した。自分一人だけ異論を訴えてしまい居心地が悪い。


「それじゃあ、さっそく今夜怖いものを探しに行きましょうか」


 瑛子の提案に、裕太郎は怯えつつ周囲の反応を窺いながら、亮也達三人は薄っすらと目を細めて笑みを浮かべながら、了承の言葉を口にした。


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