第8話 兄と妹ともう一人

 目を瞑り静かにたたずむアドルはアインとエレナが近づいてくる気配に気が付かず、何かに集中しているようだった。その集中力は凄まじいものでエレナが木の枝を踏んだ音にも気が付かないほどであった。


「アドル。こんなところで何をしているんだ?」

「……。アイン。何だって……その子は?」

「妹。エレナって言う。」

「わたくし、エレナと言いますの。以後よろしくお願いするわ。」


 アドルは後方から聞こえた声に反応して、言葉を返しながら振り向く途中でアインの隣に赤色の二つの尻尾があるのに気がつくと言葉を止めて、じっと観察するように目を向けた。その瞳に合わせるように煌く金の瞳はアドルの蒼天と交わる。

 エレナがツンと顔を斜め上にあげながら片目を閉じて挨拶をすると、アドルはくつくつと喉を鳴らすように笑った。アドルはエレナの可愛らしい雰囲気につい微笑ましいものを見るように柔らかな笑みを浮かべた。


「ふふっ、僕はアドル。よろしくね。エレナ。」

「ふんっ。このわたくしがよろしくしてあげるのだから、光栄に思うのだわ。」

「おいっ。普通に話せ。」

「~~~~~っ。叩かないでよっ。背が縮んだらどうするのよっ。」


 アインはいかにも尊大な態度をとるエレナの頭をぽかりと手の甲で小突いた。小突かれたエレナはそう痛くもないはずの頭を大げさに手で押さえながら、顔を真っ赤にして語尾を強めた。

 そんなエレナの様子にやれやれと頭を振るアインであるが、ますますエレナを怒らせるだけであり、二つの尻尾が天に向かって逆立つかの様であった。


「大げさに喋りすぎだ。くくく、嫌われるぞぉ。」

「な、な、な、何よっ。このわたくしが嫌われる訳ないじゃないっ。そうよね、アドル。」

「もちろん。でも、君のことをあまり知らないから、君のこと聞かせてほしいな。」

「~~~~~っ。家へ招待するわ。着いてきて。」


 意地悪い表情を浮かべるアインにエレンはますます怒りを募らさえる。ついにはこのままアインと話していても仕方ないと思ったのか、エレナは話の矛先をアドルへと変えた。

 ドルは二人の本当に仲が悪いとできない、心が通じ合っているからこそできるやり取りに心の奥底ではさざ波が立つが、努めてそれを無視して明るくにこやかに笑いながら、楽しそうに声をあげた。

 エレナは今では別の意味で真っ赤になった顔を隠すように背を向けて、アインの家がある方向へと歩き出した。


「おいっ、待てよ。家へは俺が招待しようと思ってたのに。」

「早い者勝ちよっ。アドル行きましょう。」

「おい、アドル行かないよな。」

「あ、はは、エレナ案内をよろしく頼むよ。」

「ふふん。」


 アドルは困ったように目線を下したが、すぐに曖昧な笑みを浮かべてエレナの提案ん位乗ることにした。アドルの言葉を受けて薄い胸を張ったエレナはふんぞり返った。そんなエレナの様子にアインの額にはしわが寄り、ピクリと眉を跳ねさせる。


「ちっ、覚えてろよ。」




 森の中を歩く一行はアインとエレナの衝突が相次ぎ、がやがやと辺りを騒がしていた。二人が衝突するたびにアドルは意見を求められて、都度曖昧な笑みを浮かべていた。アドルは心なしか二人に出会う前よりも頬がやせ細っている。

 ついに一行がたどりついたのは村でも一二を争う大きな家である。当然村では有名な家であり、アドルも存在は知っていた。しかし、あまりの大きさに圧倒されて口をぽかんと開けて見上げる他できなかった。


「ふふん、どうかしら我が家は。」

「大きい……。」

「くくく、驚きに感想が単調になってるぞ。こっちにいいところがある。」

「待ちなさいよっ。案内はわたくしがするのっ。」


 アドルの動揺を隠せない様子に二人は自分の宝物を見せびらかすように機嫌よさそうな満面の笑みを浮かべた。そして、中を自慢しようとアインがアドルのことを急かすと、エレナがきゃんきゃんと吠えだした。


「はぁ?ここは俺の家だぞ。」

「ふんっ。外を遊び歩き、碌に家のことをしてないくせにっ。」

「はんっ。そういうお前はそもそも別の家に住んでいるだろう?」

「あはははは。」


 アドルは視界の端で言い争いをする二人に落ち着きを取り戻して、大声をあげて笑い始めた。ちっぽけな存在であるのを吹き飛ばすように、腰に手を当てて大いに笑った。

 アインとエレナはぎょっとしたような顔を浮かべてアドルのことを見つめた。しかし、どうして笑っているかなど皆目見当もつかず、お互いに顔を見合わせて揃って首を傾げた。


「アドルはどうしたのかしら?」

「さぁ、気でもふれたのかもな」

「あはははは。いや、こんなに賑やかなのは初めてだと思ってね。」


 アドルは大きな声をあげて笑っていたのに今では凪のように落ち着いて、二人に穏やかな色を帯びた目を向けた。すっかり静かになったアドルに二人はまた顔を見合わせたが、やはり状況など分かるはずもなく、首を再度傾げた。

 その後で二人は偉さそうに胸に自分の拳をとんと当てて、自信満々に言い放った。


「ふんっ。これからはこれが普通になるのよっ。わたくしがいれば。」

「はんっ。そうだぞ。賑やかな毎日になるからな。お前が帰ってもな。」

「あ、はは。さて、案内はよろしく頼めるかな。アイン。」


 目線を合わせたアインとエレナの間では火花が飛び散り、その強い視線のままアドルへと移される。アドルは二人から向けられる強い視線にやはり困ったような表情を浮かべるが、しかし自身の意志はきちんと答えた。


「へっ、俺をご指名だってよ。よかったな。」

「きぃ~~~~~。」

「妹とは仲良くね。」

「突っかかてくるのは、あいつの方だけだな。」

「……。」


 エレンは手や足を大きく使い地団駄を踏む。アインはアドルの忠告など聞きもせず逆にエレナのことを煽りにかかる。煽られたエレナはきっと人が殺せそうなほど鋭くアインを睨みつけた。


「おお、おお、怖い怖い。くくく、あれがあいつの本性だぜ。」

「お黙りなさいっ。」

「じゃあ、こっちだぜ。」


 アインは飄々とした態度を崩すことなくアドルに絡みに行った。ますます鋭くなるエレナの視線など感じていないように目線さえもよこさず、先導するように前へと歩き出した。

 エレナは睨みつけるのを止めることはなかったが、特にそれ以上言う言葉はなく、先導に従って歩き出した。後でひどい目にあわせてやると心の中で誓いながら。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る