第9話 アインの選んだ場所
「どうだ、凄いだろ。」
「……。」
「くくく、言葉も出ないか。」
「どうしてこんなところなのよっ。」
アインの家が敷地内に持つ訓練場であり、魔物という脅威に対抗するために建てられた。多種多様な武器をもつ人々が訓練に精を出しており、ここに居る人々は基本的にはアインの家に雇われた者たちである。
アイン一行が到着すると訓練をしていた人々が手を止めて、アイン達に向かって頭を下げる。それにアインが手を挙げて応えている間もアドルは目を輝かせながら出入り口で立ち止まった。
「こんなところ、ってひでぇなぁ。だけど、ここが一番だろ。」
「うん。確かに僕はここが一番かな。」
「だろ?へへっ、そういうことだぞ。」
アドルは今までアインに見せたこともない心の底から零れ落ちた様な笑みを浮かべた。元々の身目の良さもあり、エレナはアドルの顔を見つめるばかりでこんなところといった自分の発言など頭から取りこぼしていた。
「ようこそいらっしゃいました。お坊ちゃま、お嬢様。」
「くっ、お坊ちゃまって柄でもないけどな。」
「お坊ちゃまはお坊ちゃまでございます。ここにはどのようなご用件でしょうか?」
執事服の初老はアインとエレナに誰もが見惚れるような美しい礼を持って出迎えた。慣れたようにアインが答えている一歩後ろでアドルはあまりの場違い感に動きを止めて、彫刻のように身体を固めた。
「流石の忠誠心だな。アドルに少しばかり手解きをして欲しい。こいつは無茶をしかねないからな。日々の鍛錬方法とかを、な。」
「承りました。では、そのようにいたします。」
「えっ、よいのですか?」
アドルは執事服から初めて視線を向けられたが、その色のない目に怯むこともなく驚きに声をあげた。あまりにもアドルが受けていい待遇ではないが、それはアドルにとってはチャンス以外の何物でもない。
「はい。お坊ちゃまの指示でございますので。お坊ちゃまは如何なさいましょうか?」
「いや、俺はいい。それよりエレナも一緒にやるといい。」
「このわたくしが!?」
「そっちの方が都合がいいと思うがな。」
アインはエレナの素っ頓狂な声に対して意味ありげにアドルの方へと視線を一つやった。アインに見られたアドルは訳も分からず頭にはてなを作っていたが、エレナは続くアインの言葉で察したのか顔をさっと朱に染めて、その感覚に頬へ手を当てた。
「おーほほほ。では、折角なのでわたくしもご一緒しますわ。」
「ちょろっ。」
「何か言いまして?」
「いーや。じゃ、ちょっと用事があるから、離れる。」
「アイン……。」
手を挙げて去ろうとするアインの背にアドルはぽつりと声を漏らした。様々な感情がないまぜになった声は周りの音に比べると小さかったが、アインの耳に届くには十分であり、アインはアデルの方へと振り返る。
「どうした?」
「……ありがとう。」
戸惑い、嫉妬、敵愾心、そして感謝。様々な感情がアドルの胸に飛来しては消えていく。その感情の流れを雄弁に瞳は語り、アインは余すことなく赤色の瞳で受け止める。アインはうっすらと紫色がかる瞳を閉じて、再度背を向けた。
「ははは。頑張れよ。」
「……。ああ。」
「さて、では始めましょうか。」
執事服に連れてこられた場所は訓練場の一角にある建屋である。そう広くはなく大人が5人も入ればもう誰も入れなくなってしまうだろう。執事服は建屋の中にある棚から一辺20㎝ある木製の箱を取り出した。
「はい。よろしくお願いします。」
「おほほほ。よろしくお願いいたしますわ。」
「この水晶に手を当ててください。」
執事服が取り出した箱の中には特殊な素材で出来た水晶が入っており、吸収した魔力の属性と性質などによって色、形状が変化する特性を持っている。
魔法の属性は基本属性が火、水、風、土、光、闇の6種。その上位属性と言われているのが雷、氷、天、星、聖、冥の6種。さらに無属性を含めた13種が一般的に言われる魔法属性である。
その13種の魔法属性以外のものを特殊属性といった。魔術院の一説によれば上位属性も特殊属性の一つであるとされているが、発現数・母体数が大きく違うため上位属性の6種は特殊属性に含めないとされる。
一般に水晶の色が濃いほど魔力の質が良く、輝きが増すほど魔力量が多いとされている。しかし、色が濃ければよいというものではない。色が濃い、すなわち単一属性に傾向が偏っているということであり、無属性を含めた別の属性を擁する余地がないということである。
そして、無属性は基本的に身体能力を補助する役割を持っており、無属性の傾向が強いほど肉体強度が高くなる。従って、単一属性に偏るということは身体能力に劣るということでもあるのだ。
また、人の抱える器には限度があり、単一属性の質が良いほど後天的に属性が変化する余地がない。魔力属性という面での拡張性がないということである。それを補い余るほど質が良ければ強大な魔法を扱えるのもたしかである。
水晶の形状の違いは魔力の性質の違いであり、取得できる魔法にそれぞれ差異が出てくる。分類としては攻撃、防御、回復、支援、妨害、特殊の6種類である。それぞれ攻撃が角、防御が平面、回復が丸、支援は順転のねじれ、妨害は逆転のねじれの割合によって取得難度が変化する。
支援と妨害はさらにどの部分でのねじれが強かったかで、攻撃に対する支援なのか、防御に対しての支援なのかなどが判別できる。一般的に大きく、凹凸の少ない滑らかな変化であれば魔法取得の才能があるとされている。
「はい。」
アドルが箱から水晶を取り出すと瞬く間に水晶の色と形が変化していく。透明な球体だった水晶は緑色に茶や白、黒などいくつかの色が混ざりマーブル模様へと変化して、左半分ほどから角が生え始める。
そして右側の1割程度が平面、2割程度が球体をしている。他の2割程度にぽかりと口が空き、その口に数多の橋がかけられている。多重に重ねられた橋の奥底は見ることが出来ず、その部分だけぼんやりと透明がかった紫色に染め上げられていた。
「おお、素晴らしい。天属性とさらに未知の属性の適性があります。」
「未知?」
「ええ、未だ私めは見たことがございません。魔術院へ問い合わせれば回答が来るかもしれませんが、おすすめはいたしません。」
魔術院と言うのはこの村も所属している王国、プレアデス王国の擁する国立機関の一つである。その名の通り魔法、とりわけ魔術という技術体系を専門的に研究する機関である。かく言う水晶も魔術院が販売・管理しているものである。
「ですが、未知ではどうしようにもできないのでは?」
「ええ、しかし、あやつらは研究の虫でしてな、倫理観や道徳などといったものとは無縁なのでございます。」
「ああ。それは……。」
魔術の発展のためなら人命を侵すことにも躊躇わない集団である。国としても魔術は国力に直接的に影響しているがために強く言わないのが現状である。あまりにも惨い行いでもない限りは処罰は下されず、厳重注意に留められる。
「分かっていただけましたか。変わりに旦那様にお願いいたしますので、解決できそうであれば連絡いたします。」
「お願いします。」
「ええ、ええ。天属性だけでも十分でございましょう。何せ風属性は確実に扱えるわけでございますから。他の基本属性がどの程度扱えるかまでは分かりませんが、それだけでも十分でございましょう。」
「ははは。ありがとうございます。エレナはどう?」
エレナの手にある水晶は7割程が角、2割ほどが平面で構成されており、その攻撃に特化したあり方がひどく彼女らしいと言えるだろう。また、淡い赤の単色で多く占められた水晶は美しく、強く輝いている。
「うーん、アドルより色が薄いわねぇ。でも、火属性に適性があるみたいだわ。」
「おめでとうございます。お嬢様の母君より遺伝したのでしょう。」
「そう言われると、嬉しくなってくるわね。それにしても、この黒いような、紫のような不気味な色が気になるわ。」
「不思議な色だね。」
唯一、芸術的なまでの美しさの中で所どころ黒と紫の斑点があり、不気味さが醸し出されていた。だが、その不気味さもアドルにとってはただの物珍しいというだけであり、特に悪いものであったり、彼女の品位を貶めるものでないのを感じ取っていた。
「闇属性、ですかな。黒と言えば闇属性の象徴でございます故。」
「へぇ、そうなんですね。」
「闇、闇はわたくしには似合いませんわね。見なかったことにいたしますわ。」
「あはは。それでいいかもね。」
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