第7話 アインの妹
この日珍しくアインは村の中で一日を過ごすことになった。それもこれも悪魔のような女が襲来したからである。その名もエレナ。鮮やかな燃えるような赤い髪を頭の高いところでツインテールに結び、金色に輝く瞳は夜でも爛々と光るだろうほどに煌いている。
7才になったばかりの彼女は蝶よ花よと育てられたからか、この年にして高慢ちきに人へ命令して然るべきという態度をとる。彼女が一度命令すれば周りはあわあわと止めることが出来ずに、全力を尽くすしかないのだ。そんな彼女はアインの腹違いの妹である。
「おーほっほっほっほ。わたくしを誰か分かっているのかしら?」
「ははぁ、あなた様は我が妹君のエレナ様です。」
「よろしい。では、わたくしが何を望んでいるか分かるわね。」
「……。は、今ご用意いたします。」
恭しい態度でアインは腹違いの妹、エレナのことを迎い入れた。ここはアインの家の応接室である。そこにある品々は一目見て質が良いもので満たされており、財力を示すとともに相手の格を表している。この応接室に通す価値があるとみなされているからだ。
当然のようにその事実を受け止め、彼女はらしい態度をとった。それが本当にらしいかは怪しいところではあるが、彼女の中ではらしい態度なのである。ただの高慢ちきで、己の品位が高いと勘違いした女ではないのだ。確かに品位のある、高慢ちきな女である。
「遅いわねぇ。わたくしが言う前に用意をするべきじゃないかしら?」
「……。ちっ、へーへー。今ご用意いたしますねぇ。」
「なっ、何かしらっ。その言い方は。躾けがなっていないんじゃなくて?」
「うるせぇ。妹のくせにこんなことさせんな。」
ある種おままごとのような芝居がかったやり取りを早々に投げ出したのはアインであった。数分と持たなかったのは彼らしいと言えば、彼らしい。しかし、エレナはそんな彼の様子を気に食わないように眉を吊り上げて指を指す。
「な、な、な、なんて態度かしらっ。どういう教育をされればこんな風に育つのかしら。」
「だ・ま・れ。お前の笑い声とか声とか甲高いから頭に響くんだよ。もう喋るな。一生黙っとけ。口にクッキーでも詰め込んどけ。そして黙れ。」
「~~~~~~っ。もう、しらないっ。」
まだ芝居がかった態度を続けるエレナに堪忍の緒が切れたようにアインは言葉をまくしたてる。そんなアインの言葉がエレナにクリーンヒットし、エレナは応接室の窓をがっと開け放ち、そのまま駆けだしていく。品位とは何なのだろうか。
脱兎のごとく駆けていくエレナはドレスを着ているのにもかかわらず、ぽかんとアインが口を開いている隙に見る見るうちに背が小さくなっていった。静止の声をかける間もなくエレナは逃げおおせ、口を開くころにはその姿形はなかった。
「おいっ、待てよ。ちょっ、足はえぇなぁ。」
「……それで?」
「……逃がした。」
アインは苦し気な表情を浮かべながら執務室で父に報告をしていた。一人で入ってきていたアインを一瞥するだけで状況を把握したであろう父は言葉少なげに質問をし、現状把握に努めた。彼女の状況は父にとっては珍しいことでないのだ。
「全く。逃がした、じゃない。お前なら上手くできただろうに。」
「上手くは出来ない。あいつの甲高い声が頭にずっと響いていてうるさいんだよ。」
「……ま、あんなだからな。それもそうか。わはは。」
「わはは。じゃねぇよ。全く、と言いたいのはこっちだ。」
アインは父の上手くできるという言葉に知らない間に何故か少しは信頼をされているようで、内心頭をひねった。少々ばかり利益をもたらしただけで特に何かやったわけでないのにと言うのが彼の心のうちである。
わははと笑う父はいつもの額にしわを寄せ、執務室に籠って仕事をしている時の雰囲気はなく、家族で団欒を囲っている時の雰囲気であった。そんな父の様子を初めて見たアインは目を見開いた、それは一瞬で呆れたように肩を竦めた。
「やっぱり娘は可愛いなぁ。」
「ちっ、じゃあ自分で相手しとけよ。」
「それは、ちょっとな。流石に一日相手するのは疲れる。」
アインの父は娘を可愛いと言いながらも流石にあの相手をするのには労力がかかるのか、ほとほと困ったような表情を浮かべる。それでもそんな手間のかかる娘も可愛い。なんて思っているのでもう末期だろう。
「……はぁ。探してくる。午後には解放しろよ。」
「ふんっ。午後まであの子を貸してやるものか。」
「うっせぇよ。午前から相手しとけよ。」
「それは、ちょっとな。仕事あるし。」
どちらにせよ逃がしてしまったのはアイン自身で、見つけて連れ帰るのまでは自分の責任だと彼は考える。それまでは適当にご機嫌取りでもしながら相手をして、上手く扱ってやればいいかとアインは諦めることにした。
「ちっ、もういい。行ってくる。」
「頼んだぞ。」
「ああ。」
「ここに居たのか。」
「ねぇ。」
「あ?」
「あそこにいるのはどなたかしら?」
アインの持ち前の五感と身体能力を駆使してエレナを探したところ、彼女の姿は小半刻もせずに見つかった。それが森の中でなかったら、もっと早くに見つかっていただろう。声をかけられた彼女はしかし、驚いた様子もなく一点だけを見つめて、アインに声を返す。
エレナの目線の先にあったのはただ静かに目を瞑りたたずむ銀髪の少年、アドルである。眠るように目をつむっている彼は生来の整った顔立ちのよい顔も相まって、一つの芸術作品の様でもあった。
「ん?ああ、アドルか。あんなところで何してんだ?」
「知り合いなのかしら?」
「まぁ、ちょっとした、な。」
アインはエレナの知り合いなのかという問いには答えずらそうにしながらも、知り合い程度以上には話しているかと思い直し、知り合いだと答える。実際にこの村ではアインがアドルと一番話しているのは間違えではない。
「紹介して頂戴。」
「は?」
「だから、紹介して頂戴って言ってるの。」
「それまたどうして。」
頬を少し朱に染めたエレナの意外な言葉にアインは目を瞬かせると、理解が出来ないとばかりにエレナに目を向けて、その言葉の意図を聞き出そうとする。アインが知るエレナという人間はそんなことを言う人間ではないのだ。
「だって、カッコいいじゃない。貴公子みたいで。」
「……。お前にもそんな感情あったんだな。」
「どういう意味かしらっ。」
カッコいいから。アインはそんな乙女らしい回答を聞き、ぽかんと思わず開けた。その口はすぐさま彼の思ったことをそのままに言葉に出てしまう。そんな彼の様子にエレナは心外とばかりに大きく眼を開き、すぐにきっとアインを睨みつける。
「あー、何でもない。ま、紹介するのはいいが、あまり無茶を言うなよ。」
「大丈夫よ。無茶を言うのは身内だけだもの。それと従業員。」
「……。従業員にもやめてやれよ。」
「それはできない相談だわ。それよりいいのね。」
「ま、紹介するだけな。」
こうしてアドルの知らないところで彼の受難は始まろうとしていた。
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