第6話 能力解明・開発
ある日のことである。一際大きい木がある広場にやってきたアドルは地面に座り込んだかと思うと、黒い渦を手の平に出現させる。渦から出てくるものは慣性に従って落下し手の平に落ちる。彼が手のものを並べるとそこそこの量が中に入っていたことが分かる。
木の器が30程、錆びて刃がかけたナイフが一本。擦り切れて薄汚れた服が上下5着ずつ。投石用と考えて拾い、そのまま入れてあった大小の小石が50程。占めて2㎏ないぐらいだろうか。それを重さを感じず、嵩張らずに持っていけるのは便利なものだ。
それに今回は2㎏ないほどであったがそれが限界の量ということではなく、渦の中にはまだまだ中に入りそうな気配をアドルは感じ取っていた。おおよその彼の感覚では10倍以上の量は入るだろうと考えていた。
「……。これって、遠くに出せないのか?」
手の平の上にある渦を人差し指で突きながらアドルは呟く。彼が渦を触れるもその手には何の感触も返ってこず、虚空を突いている虚しさだけを感じる。渦そのものに物としての重量や質感はなく、ただそこに何かがあるだけだった。
渦は何か物を入れる時は確かな引力を持つが、通常の状態では引力は皆無で自分の手を入れるだけでは一切の感触は得られない。引力を手に感じるのはいつも何かを持ち、渦にいれようとしたときだけであった。
思い付きを実行しようとアドルが遠くを意識して渦を出そうとするも手の平に出す時と違い、一向に出てくる気配はない。もう一度消した渦を手の平に出すように念じると渦が確かにタイムラグなく、手の平に出現した。
すぐに渦を消し、もう一度遠くに出現するように念じるも渦は出ることはなく、いつの間にか手を突き出しており、変な格好で止まっているアドルを静寂だけが包み込んでいた。誰も見てはいなくとも恥ずかしくなったアドルは地面に座り込んだ。
「こほん。……渦は遠くに出せないか。じゃあ、二つは?」
アドルが呟いた瞬間に渦が二つ手の平に出現した。中が同じ場所に繋がっているかは不明だが、いつも右手も左手も意識なく物を入れ、同じように意識せずものを出しているのだから、同じ場所に繋がっている可能性が高いだろう。
では、意識したら?アドルがその疑問を口にするまでもなく結果が分かった。彼の感覚的に部屋が分割されたように感じたのだ。そして深く意識すると部屋にネームプレートをかけてあるかのように、部屋の名前に右手と左手と付いているのが感じ取れる。
ネームプレートをかけ変えるように意識をすると右手のネームプレートが木の器に変化したのを彼は感じ取った。部屋の名前も自在に、真実でない名前でも付けられることを彼は知った。
「へぇ。……くっついたりするのか?」
アドルが手の平を近づけるとぐんと引力にひかれて、びたんと右手と左手がくっついて離れなくなった。力を込めるように離そうと考えた瞬間、引力とは逆の力である斥力により、勢いよく手が離れて衝撃に彼は地面を転がった。
身体を打ち付けるように転がった彼だが、起き上がろうと地面から身体を離すと渦は変わりなく左右の手に収まっていた。そっと左右の手を近づけると渦は20㎜程度離れた位置から動かなくなった。
「これ、相手にくっつけれたらなぁ。でも、遠くには出せないし。それに相手も渦の中からものを取り出せると困るし。うーん。」
ぱっと渦を消したあと考え込むようにアドルは腕を組み胡坐をかいた。ざわざわと木の葉々がこすれ合う音だけが広場を心地よく辺りを揺らしている。しばらくの間考えてたアドルであるが答えが出ないままに次の検証に移ることにしたようだ。
「さて、次はこれか。……ふぅ。」
緊張するように顔をこわばらせたアドルは大きな木から離れて、近くにある木に歩み寄った。そして木に手の平を当てると増々顔が険しくなる。冷や汗が背中に伝い、不吉な予感を感じさせるように額からは脂汗が垂れていく。
徐々に集中するアドルは身に宿る魔力を手の平に集めていく。普段見えることのない紫と青の魔力が混じり合い可視化される。手のひらを覆う魔力はアドルの記憶の中の光景と重なり、ぐわんと視界を歪ませる。
操作できていた魔力は不安定になり、その場から解放されようと暴走する。必死に魔力を操作しようと集中しようとするが、いよいよ記憶の中の光景が決定的な場面に差し掛かり、魔力が弾けるように霧散した。
「はっ、はぁ、はぁ。……は、は。」
木の表面は爆発物を当てられたようにえぐられているが、アドルの腕は不思議なことに無傷であった。その代わりその身の中にあった魔力は実に9割以上無くなっており、倦怠感が彼の身体を襲った。
未だに頭の中をめぐる記憶に彼は胸を掻きむしりたくなる衝動にかられたが、その衝動を起こす気力もなく、その身を襲う倦怠感に身を任せてその場に座り込んだ。
「……。使えない、か。」
しばらくの間を地面に座りこんでいたアドルであるが、魔力が1割も回復したころには倦怠感も薄れて立ち上がることが出来るようになっていた。しかし、立ち上がる気力は出ず、握りこんだ拳を見つめ呟いたかと思うと、地面に拳を叩きつけた。
踏みしめられた地面は子供の拳では傷つけることが叶わず、変わりなくそこにあり続けた。彼はもう一度地面に拳を叩きつけると地面から立ち上がるとふらりと村の方へと歩みだした。
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