第8章:金胎会
教祖・弥生の七回忌が過ぎても、本山の香炉は毎朝焚かれていた。
誰も、次の教祖を名乗らなかった。
だが、神はいた。
神の子——真央は、御殿の奥で祀られていた。
現人神。
触れられぬ御方。
誰もその声を聞かず、誰もその姿を語らなかった。
それでも、信仰は続いていた。
金胎会の本部では、祈祷札の印刷機が止まらなかった。
奉納額に応じて札が刷られ、参信・親信・金胎親信の階級に分けられ、桐箱に収められていく。
「親信は朱塗り、金胎親信には黒金の箱。御神香は二割増しで付属」
幹部の指示に、事務局の若者たちは無表情に頷いた。
信吉はその様子を遠巻きに見ながら、
本山の蔵から古い講話記録を取り出していた。
弥生の走り書き、矢萩の草稿、真央の子どもの頃の絵。
どれも、もう誰も読まない。
信吉はそれらを一枚ずつ目を通し、火鉢にくべていった。
「……祈っとるわけやない。片づけとるだけや」
声に出す必要もない呟きだった。
***
新聞が届いたのは、真央が二十五になった春だった。
『神の御子、真央 “複数愛人宅”を教団口座で賃貸契約』
『銀座の高級クラブ、反社関係者と“月例会”か』
『海外遠征時に不審薬物——厚労省、水際通報の動き』
信吉は新聞を一瞥した。
焚き火の種にしようと思ったが、すでに三紙、同じような記事が積まれていた。
「……何が神だ。人としても、まだ子どもやないか」
吐き捨てるように言って、記事を火鉢に放り込んだ。
信者たちは何も言わなかった。
幹部は、「これは試練。御子さまの御心を、我らがまだ正しく理解しておらぬ証」と語った。
信者は黙って、それを聞いた。
信吉は次の祈祷札の束を焼いた。
「……そんなもん、壊れて当然や」
彼の役目は、名もなき者たちの記録を焼くことだった。
本山裏の巡礼小屋を閉じ、名簿を整理し、支部の電話帳を焼いた。
誰にも指示されなかった。
ただ、そうすべきだと思った。
「わしだけが、後始末しとるんやな」
そう思ったとき、信吉は少しだけ笑った。
笑っても、誰にも話すことはなかった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます