1-2:ぐるぐるウォーキング
人が輪になって練り歩いている。
「早く入って。危ないよ」
村の広場の入口に立った瞬間、中年女性に声をかけられた。
「え、はい」
オニキスは失礼にならないよう、日除けのフードを払った。
白く長い髪が緩やかに流れ出て、夏の陽光を受けて煌めいた。
村人たちは年若い来訪者にチラと目線を向けたが、鍋の蒸気でも受けたようにすぐ顔を背けた。
これがモルフェダか。
村の中心の広場を、人々が列を作って周回している。ざっと150人くらいか。
まるで軍隊の行進のように、折り重なった足音が谷間の村に響き渡っている。
呪われていると聞いて想像していたのとは、別種の奇怪さだ。
状況は飲み込めないが、とりあえずオニキスは声をかけてきた女性の後ろについた。
キャリーケースを引きながら、重い足を進める。
馬車から降ろされて、ここまで1時間は歩いた。整備されていない石だらけの道を、真夏の日差しの下でだ。
やっと休めると思ったら、この仕打ち。
せめて納得できる理由が欲しかった。
「これは、何を……しているのですか?」
オニキスは息を切らしながら、前方の女性に声をかけた。
目の前の女性は、問いかけに応えず更に前方の人と話をしている。
完全に無視をされている。
「ぐるぐるウォーキングさ。面倒な時間に来たね」
オニキスの問いに答えたのは、後方の青年からだった。
「ぐるぐる……? 気の抜ける名前、ですね」
オニキスが振り返ると、青年は叫びに近い鋭い声を発した。
「振り向かないで! 前の人見て!」
垣間見えた表情は強張り、唇の端が震えていた。
オニキスは釘で打たれたように一瞬硬直し、慌てて前を向きなおそうとした。
そこで足がもつれた。
踏み止まれもせず、硬い地面に手をついてしまう。
体力が限界だった。
「ごめんなさい」
オニキスは赤面しながら、青年を見上げる。
青年はばつが悪そうに、目を逸らした。逸らしたまま、オニキスに手を差し伸べ、集団歩行の列から外した。
—
広場に車輪の音が加わった。
オニキスは荷車に乗せられ、ぐるぐるウォーキングを続行させられていた。
広場は小石や陥没がないように整備されていて、ほとんど揺れない。
楽ではあるが、気恥ずかしさと申し訳なさでいっぱいだった。
とはいえオニキスを見ているのは、後ろを歩く老人だけだ。しかも老人は背中を見ているわけだから、赤くなった顔は誰にも見られていない。
「あの、ここまでしてやらないといけないんですか?」
「ならん。病人でも寝たきりでも絶対じゃ。1日も欠かせん」
やはり引き手の青年の背中に声をかけ、後ろの老人から返事をもらった。
力強い断定的な言い方だった。
確かに他にも荷車に乗った人がいる。
お腹の大きい女性や、腰が曲がり荷台にへばりつくようにしているお年寄りの姿が見えた。
それはそれとして村人たちは前後同士で喋りながら歩いている。気安い雰囲気といってよかった。
老人の語気ほど真剣な行事ではないのかもしれない。
唯一、前方を歩く人から目線を外さないことだけは意識されているようだった。
よそ見しているとまた怒られそうだ。
オニキスは青年の背中を見ながら、背後の老人の言動に集中した。
老人は雰囲気からして、70代、あるいは80代くらいだろうか。村の最高齢と言っていい年齢のはずだが、彼の足音は安定感があった。
こうして毎日歩いていれば、足腰が鍛えられるのだろう。
「健康のためにやってるわけではないですよね?」
「やらねば消されるからの。まあ、おかげで達者なもんは多いが」
老人は何でもないことのように言ったが、前半は不穏そのものだった。
「消される?」
オニキスの疑問に、老人はすぐに答えなかった。
広場のざわめきが遠のいたように感じた。
表情は見えない。
不慣れなふりをして振り向いてもいいが、初っ端から関係を悪化させるのは気が引けた。
そんな躊躇と沈黙を裂いて、司会らしい男性が大声を張り上げた。
「皆さん、お勤めお疲れ様でした! 本日は旅の方が来ております。夕刻より歓迎会を催しますので、担当者は準備をお願いします」
「気を付けなよ、お嬢さん」
老人は、そう言い残すとすっぱりと歩き去ってしまった。
広場に集まっていた150人ほどの村人も、それぞれ解散していった。
その様はオニキスの目に、どうも不自然に映った。
「お疲れのところ申し訳なかったです。このまま宿にご案内します」
「ありがとうございます。助かります」
青年は爽やかに笑いかけ、荷車を引き続けた。
—
2人は広場を離れ、坂を上って住居区画へと進んでいった。
オニキスは荷台で揺られながら、モルフェダの町並みを眺めた。
村の全景は、巨大な4段の階段といえた。
“階段”は谷を背負うように、半円状に削り出されていた。
砂や砕石を掘り出した跡地を、村として再利用しているらしい。採石場の村と聞いていたが、露天掘りの採石場そのものだった。
最上段が1層。村の玄関口だ。
次いで2層と3層があり、最も低い場所が4層となる。
1層には家屋の他に、広大な畑があり、作物がたくさん実っていた。
荒野の中、岩山に囲まれた場所とは思えなかった。
2層はメインの居住区らしく、石造りの家々が横並びになっている。
3層には、先ほどぐるぐるウォーキングを行った広場がある。
1、2層に比べると家の数は少なく、大きな屋敷が1つあるのが目立った。
今、荷車が登っているのは、3層から2層へ続く坂道だ。宿は2層にあるらしい。
広場の下の4層は、切り立った崖になっていることだけが分かった。
崖の反対が1層より高い岩壁であるため、4層はその陰になっていた。
そちらに向かう人がいないのを見るに、住む場所ではないようだ。
昼間でもほの暗いはずの最下層だが、ぼんやりとした青白い光に染められていた。
光は崖の下から漏れ出している。
オニキスはその光景を見て、口角を上げた。
あの光の源こそ、映像を記録できる魔石、『
オニキスがこのモルフェダを訪れた目的だった。
遠目から見ても分かる光の強さは、質の高さの表れだ。
そして4層一帯が照らされている規模を見るに、崖下に巨大な鉱床が露出していることは明らかだった。
早く手に取ってみたい。カメラに入れて、撮影してみたい。
今まで見たこともない映像美が、そこにあるはずだ。
思い描くだけで自然と笑みが零れた。
しかし一筋縄ではいかないのも分かっていた。
何故ならそんな黄金の山に等しいはずのものが、放置されているからだ。王侯貴族が手を付けないはずもないのに。
その理由は歴史書を紐解いても判然としなかった。
ある時を境にモルフェダでの採掘は止まり、歴史の表舞台から姿を消した。
そして100年余りが経過し、最高級幻灯石は誰の口の端にも上らなくなった。
現代に残ったのは、子細不明の呪いの噂だけ。
石の入手には、その全容すら不明の問題に対処しなければならなかった。
最悪、老人が言うようにオニキス自身が“消されて”しまう可能性もある。
その危険を冒してでも、オニキスはこの地の幻灯石が欲しかった。
幻灯師として、とびきりの映像を撮るために必要不可欠だからだ。
断崖へと吹き下ろす風が、オニキスの白い髪をはためかせた。
赤い瞳に、決意が静かに燃えていた。
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