1-3:物置部屋の遺品

 道中、荷車を引いてくれる青年以外、誰もオニキスに声をかけなかった。

 歓迎のアナウンスの割に、すれ違う人々は顔を向けることすら抵抗があるようだった。


「着きましたよ。遅くなりましたが、モルフェダにようこそ。ゆっくりしていってください」

 宿の脇に荷車を置くと、青年はカラッとした笑みをオニキスに向けた。


「ありがとうございました」

 オニキスも微笑み返す。


 青年は手を振って、誰かを探すように足早に去っていった。


 その背中を見つめながら、宿への道中で覚えた違和感の正体に思い当たった。

 村人たちは、全員2人一組で、見つめ合うようにして帰路についていたのだ。


 既に奇習の只中にあることを自覚し、オニキスは背後に温度の違う空気を感じた気がした。



 案内された建物は、この村の一般的な住宅より4倍くらいの横幅があった。

 外観はセメントを固めたままのような2階建ての灰色の箱だ。

 この地域は石灰岩が産出するため、それを活かした建築なのだろう。

 鉄枠で縁取られた四角い窓が壁に並んでいる。


 しかしながら飾り気のない無骨さは、監獄を思わせた。


「お邪魔します」

 木製の古びた扉を開ける。立て付けが悪いのか、押し開けるのに少し苦労した。


 外の直射日光のきつさに比べると、中は涼しく、湿度は低い。乾燥した岩の香りもした。


 入って目の前が、キッチンとダイニングになっていた。大きなテーブルと椅子が整然と並んでいる。

 床は木になっていて、外見とは裏腹な温かみが感じられた。


 ダイニングから左右に廊下が伸び、それぞれ部屋があった。

 玄関脇にある階段から2階に登れる構造だ。2階も左右に個室があるのだろう。


「いらっしゃい。どうぞ入って。いきなり歩かされて驚いたでしょう」

 キッチンの奥から40代前後の女性が現れた。赤髪と日に焼けた肌が健康的だった。

 人当たりの良さそうな笑顔も、オニキスの不安を軽くした。


「確かにびっくりしました。でも理由があるんですよね?」

「まあ色々ね。さ、部屋に案内するわ。私はハンナ。困ったことがあったら何でも言ってちょうだい」

 ハンナがオニキスの疑問をさらりと流すので、オニキスも名乗ってその話題はおしまいになった。


 ハンナはキャリーケースを預かると、一階の右の廊下に進んだ。

 ダイニングから2番目の部屋を開け、オニキスを通した。


「ここがオニキスちゃんの部屋よ。片付けが間に合わなかったから、ちょっと散らかっててごめんなさいね」

「全然平気です。屋根があるだけで嬉しいです」

「へえ、見かけによらず強いのね」

「旅が長いので」

 オニキスは謙遜しつつ、部屋を見回した。


 物置にベッドを持ち込んだという風情だ。宿の一室とは思えない。

 それでも野宿に比べれば何十倍もマシだった。


「ゆっくりしてて。飲み物持ってくるわね」

 特に苦情が出ないことに安心した様子で、ハンナはダイニングへ戻っていった。



 ハンナが淹れてくれたたっぷりのハーブティーと素朴なクッキーが、ホッとする香りを運んできた。

 一口飲むと、清涼感が乾いた体に行き届いた。


 いざとなれば逃げられるように、窓の開閉を確認する。

 四角い窓はスムーズに内側に開いた。


 窓の外には、 景色の上半分は砂煙に薄く霞む青空、下半分は先ほど登ってきた坂道と、階段状に並ぶ家々が見えた。


 セメントが白く日光を反射し、最下層から立ち上る幻灯石の青い光と混じる。

 実用性が前面に出た建物と、奇妙な照明の組み合わせは、なかなか絵になっている。


 今は人影も疎らだった。何か運んでいる者がいるが、やはり二人一組になっている。


 ぐるぐるウォーキング。二人一組で行動する村人たち。

 奇妙な風習について、ハンナの態度を見るに村人の口は固そうだ。

 もし呪いに関わることなら、突然やってきた部外者に語るはずもない。


 狙うなら村長などの有力者だ。

 どのみち幻灯石の取引について、権力のある人たちと交渉せねばならない。歓迎会に出席するだろうから、誰に相談すべきかそこで見定めればいい。


 とはいえまず休憩だ。


 オニキスは外套を脱いで、髪や服についた土埃を払うと、ベッドに寝転んだ。


「ふかふか……最高……!」

 少女らしい幸せな溜息が漏れた。


 麻のくたびれてひんやりとした感触が心地よい。マットレスの中身は羊毛だろうか。

 ちゃんとしたベッドに寝られるのは、何日ぶりだろうか。


 そんなことを考えているうちに、徒歩の疲れが瞼を閉じさせた。


 

 数十分仮眠をとると、多少体力が戻った。クッキーの甘みも回復に一役買った。


 オニキスは、まず左手中指の指輪に触れた。指輪に嵌っている黒い宝石が、眠い頭をクリアにしてくれる。


 オニキスはキャリーケースを開け、商売道具の状態を確認した。

 村に至るまでは悪路だったが、幻灯機には傷はないようだ。


 また夜に読めるように、黒い革表紙の本もサイドテーブルに置いておく。


 歓迎会までこの部屋を調べてみることにした。

 椅子から立ち上がり、部屋を見回す。


 見れば見るほど倉庫だった。

 多いのは木箱だ。大小様々なサイズが、壁際に並んで積まれている。

 黒ずんだ古い箱もあり、そのうち朽ちて壊れるのではないだろうか。


 この部屋に通された以上、開けてみるくらいは許されるだろう。

 オニキスは手近な箱に手を伸ばした。


 まず錆びついたツルハシやスコップ、古めかしいランプなどの採掘用具が見つかった。

 石粉まみれの作業靴が詰め込まれたものもある。すでに匂いはしないが、塵が舞ったので慌てて蓋を閉めた。

 かつて稼働していた鉱山の名残を感じさせる物が多かった。

 

 次に多いのは、今の村を象徴する物品だ。

 修理の時を待っているような、柄の折れた熊手や鍬。麺を盛りつけたような縄ばかりの箱。

 1層で見たように、採掘を止めたモルフェダは、農業を営んでいるらしかった。


 さしたる収穫はない。

 木箱を開けながら移動させ、木箱の奥にあった箪笥に到達した。

 これで最後にしようと、観音開きの箪笥を開けた。


 畳まれた服の山と、無造作に置かれたいくつかの布袋が現れた。


 ウォーキングしていた村人を見る限り、簡素な麻の服が多いようだ。一方ここにある服は、やや趣が異なる。

 男物、女物が入り混じり、サイズもバラバラだ。


 立体的な刺繍、凝った形状の仕立てなどは、都市部で流通しているような品に見える。ただ、作りは精巧とは言い難い出来だ。


 隣の布袋は、派手な幾何学模様だった。この寂れた村には不釣り合いに見えた。

 中身は使い古されたナイフ、お菓子の包み紙、栞の挟まった伝承本などが入っていた。

 ありふれた旅の道具と言えた。


 箪笥の引き出しを開けてみると、木と藁を編んだお守りのようなものが2つ出てきた。

 誰かが手慰みで作ったような造形で、とても効果があるようには見えなかった。

 

 布で巻かれた細長いものも、奥に寝かされていた。

 ずっしりと重みを感じる包みを解くと、鞘付きのショートソードが出てきた。

 客室に置くにしては物騒だ。

 

 箪笥から出てきた品々を前に、オニキスは首を傾げた。

 採掘道具や農具と比べると、妙な感じがする。

 いや、どちらかと言えば、作業具が部屋にある方が変か。


 以前訪れた旅人の忘れ物なのかもしれない。少なくとも男女合わせて3人以上はいる。

 だが、呪われていると噂される寒村に旅人が来るだろうか。


 オニキスは良質な幻灯石を求めてきたのだが、それは少数派だろう。世間一般では、モルフェダの幻灯石は、無いものとして扱われている。

 そのほか人が訪れる理由は、農産物や石材の取引だろうか。街の酒場で聞き込みした時の印象では、若者の度胸試しもあるかもしれない。


 そしてここにいた誰かは“消されて”、荷物だけ残された、とか。

 

 あり得る話ではあった。

 しかしそんな証拠のようなものを客室に置いておくのは、不用心だろう。


 考えても答えは出なかった。

 近隣でも“呪い”という単語が独り歩きしているだけで、実態が掴めなかった。

 曰く、「村に行った奴は人が変わった」、「いや帰ってきてもない」、「軍隊が派兵されたが、どうなったのか誰も知らない」、「内臓を抜かれて売り捌かれる」。何でもありだ。


 ハンナにそれとなく聞いてみて、反応を窺うのも手だ。


 家探しの後ろめたさがあったので、箪笥や木箱は元の位置に戻しておいた。

 ショートソードだけはいざとなれば使えるように、ベッドの下に隠しておくことにする。

 ただオニキスの腕力ではろくに振るえないため、本当にお守りにしかならないが。


 オニキスは気になったことを手帳にまとめながら、今後の流れを思い描いた。


 まずは歓迎会をどのように盛り上げ、村人と打ち解けるか。

 それが交渉の第一歩になるはずだ。

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