1-7 - お兄ちゃん
個室のベッドの角度を調節し、半分寝るように座っている蓮はスマホをベッドの隣にある小さな移動式の机に置いた。
「はあ……これからどうしようかね」蓮はタバコを日本の指で挟むと、煙を吐き出した。「歯車が奪われちゃったから、魔法の精度が大幅ダウン、って感じだしね」
蓮は頭と背中のけががだいぶひどく、手術の必要があるらしい。蓮は痛むだけだし問題ないと言ったが、医者に説得されて三日ほど入院することになった。
彼女の持つ桃色の歯車は別のところにあるが、それに宿っていたコペルフック・レ・ディエゴ『サンタ』ソルティ・メッド――通称コペル――は主の所にいる。歯車というエネルギー源が遠く離れているため、今はコンセントにひもを差し込み、それを握って電力を供給している。
「いっそ、慧って人に助けを求めてみたらどうっスか。歯車を取り戻すのに協力してください、って頼めば。蓮は美人だし、だいたいどんな人でもイチコロっス」
蓮もそうしたいのはやまやまだが、慧とは親しいどころか、会話すらもまともにしたことがない。そういう相手に自分の都合で危険を負わせるのはあまり気が進まなかった。そもそもコペル自身も本気で提案しているわけではない。
やることのない蓮はテレビをつけた。野球中継が映し出されたが、蓮が見るのはニュース番組だけなのでチャンネルを変える。
四番のチャンネルではちょうど銀行強盗のニュースが流れていた。数日前から神奈川県内の銀行が立て続けに襲われている事件だ。犯人の身元は監視カメラの映像や目撃証言により判明しているものの、まったく事件後の足取りが負えていないらしい。
「そーいや」コペルは小さくあくびをした。「先代の持ち主が、こういう事件があるたびに、魔法で犯人を捕まえてたんスよね」
「ふうん。ていうか、コペル何歳? よく先々代とか、もっと昔の話するし」
問われたコペルは顎に手を当て、すこし考えた。
「はっきりとは憶えてないっスけど、三千年くらいは生きてるっスかね。昔っからいろんな人の場所を転々としてたっス」
「へえ。長生きだ」
蓮はタバコを灰皿に押し付けると、箱から新しいタバコを取り出し、ライターで火をつけた。
(ほんとにどうしようか。歯車がないとなんか不安だし、また優に襲われたら今度こそ殺されてしまう)
いくら悩んだところで、何も思いつかなかった。
夕方。
病室のドアが開いた。
入ってきたのは蓮の兄、
彼は東京のとある大学の教授だが、妹を心配するあまりわざわざ大急ぎで飛んできたのだ。
「ゼロ兄」
蓮は入ってきた零太の方を向いたが、その視線は零太ではなくそのすぐ隣にある小窓に向いていた。
「相変わらず、人を直接見れない癖は直らないんだな」
「癖じゃないよ。生まれつき」
コペルは、自分でも少し遅いような気がしたが、見つからないようにそっとベッドの下にヘッドスライディングで飛び込んだ。
それには気づかなかった零太が蓮に心配そうな目を向ける。
「大丈夫か? 大けがしたと聞いたが」
「大丈夫、痛いだけ。手術しないといけないって言われたけど」
妹の口から大丈夫と聞いて、零太はいくらか安心し、ほっと息をつく。零太は飛行機の中、意識が飛びかけていたほど妹が心配だった。
「それにしても、なんでそんな大けがをするんだ」
「いや……」蓮は答えに詰まったが、何とか無難な答えを出した。「ちょっと公園でふざけてて。木から落ちた」
蓮はもうそんな馬鹿なことをするような年齢ではないし、言った後で怪しまれるかと思ったが、零太はあまり疑うそぶりを見せず静かにうなずいた。
だいぶ心が落ち着いた零太は、持っていた紙袋から透明なケースに入ったたい焼きを二つ取り出し、机に音を立てず載せた。
「これでも食べろ。けがしてるんだから、よく食べてよく寝て早く治せ」
「ありがとう」
零太が病室の椅子に腰を下ろしたのを見て、コペルは「今夜はベッドの下暮らしかな」と内心ため息をついた。
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