1-6 - 静かに歩いてくる渦
この短い間で充電は完了したらしい。
スーはこたつの上で反復横跳びをしていた。
「わあ何この子ちっちゃい! 小人さん?」
「おれっちは小人じゃないぞ。おいつっつくな、やめて!」
こたつの上で逃げ回るスーを夢は興味津々な目で見つめる。
慧は窓際に置いていた歯車を拾うと、夢に見せた。
「これはスー。この歯車が作るホログラム」
「正確には違うけどな」
夢は歯車を見て、すこし考えるそぶりをすると、思い出したことを言った。
「さっきの不良の女の子、クラスメートなんだよね。それの色違い持ってたよ。ピンクの」
スーと慧は顔を見合わせた。
「慧くん、そいつを見た時なんか変な感じがした?」
「した」
「じゃあ、そいつが所有者なのは確実かな。その変な感じが、所有者の判別方法なんだヨ。えーと、ピンク、桃色は……『空間干渉』だったっけ」
世界に数十人しかいない珍しい人が、この田舎町に二人もいたようだ。
慧とスーは驚き、いまいち話が理解できていない夢は一人で首をかしげた。
昼過ぎ。
ミラが帰ってきた。
そしてミラはスーを発見した。
「ああ! スー! なんで出れたんですか?」
「だって慧くんが所有者になってくれたからネ」
ミラは、プリンを食べながら野球中継を見ている慧をにらみつけた。
「何」
「空色の歯車はもともと私のものなんです! どろぼう!」
「じゃあなんで所有者になってないの」
「うっ」
言葉に詰まったミラに代わり、やれやれといった感じでスーが答えた。
「歯車は人間向けに作られてたんだ。だから、少なくとも人間のクオーターじゃないと使えないし、所有者にもなれない。ミラは生粋の天使だから使えなかったんだヨ。代わりにいろんな魔法が使えるけどネ」
「ふーん」
ちょうど今、フルカウントの状況から背番号十八番の夕条龍三郎がスリーベースヒットを打ち四対三で逆転した。慧は会話を三分の一ほど聞き、残りは野球に集中している。だからスーの説明を理解していない。
ミラは慧を恨めしそうににらむと、自分も野球中継を眺めた。
会話がなくなったのでスーも野球中継を見る。だが、おやつに食べようとしている、身長のおよそ四分の一ほどあるみかんの皮をむくのに苦労しており、あまり野球を見れていない。
「慧はどの選手が好きなんですか」
「別に誰も」
三人とも暇しており、なにかしたいと思っているのだが会話が全く続かない。
慧は野球中継を見ているが、あまり野球が好きではないしルールも知らない。面白い番組がなかったからこれを見ているだけだ。
プルルルル……
「ん」
自分のスマホを見る。知らない番号だ。
とりあえず通話を開始する。
「もしもし」
『菱暮慧?』
慧があまり聞いたことのない声だ。だれだっけと頭を必死に回転させるが、答えは出てこなかった。
「そうだけど誰」
『ああ、ウチ黒猫蓮。救急隊の人に聞いたけど、慧が心臓マッサージとかしてくれてたらしいじゃん。してもらってなかったらウチけっこうやばかったらしいし、お礼を言わないとって思って』
慧は思い出した。この低くてよく通る声は蓮の声だ。ほとんど頭を働かせず、野球中継を眺めながら納得がいった。
「どういたしまして」
『それと、慧って歯車持ってるよね』
「うん」
やはり話を聞かず、適当に返事をする。
『ウチ、襲われたんだよね。別の歯車持ってる人に』
「えっ」
慧の脳が野球を捨て、通話に集中する。
『ほら、ウチらのクラスにいるでしょ。優だっけ。暗くてジメジメしてるなんかヤなやつ』
「ああ、うん」
『優は、「物質創造」の歯車持ってる。ウチの歯車のチビッコが言ってたから間違いない』通話越しに蓮が大きく息を吐くのが聞こえた。『それで、なんかめっちゃ硬いやつを体中にぶつけられてさ、桃色の歯車を盗まれたんだよね。なんでか知らないけど、慧も注意しといたほうがいいよ』
「わかった。忠告ありがとう。気を付けるよ」
それ以上話すこともないので、蓮が通話を切った。
通話で得た情報をスーたちに言うと、スーはみかんの果汁で口のまわりをオレンジ色に染めながら動作を停止し、ミラは目を新幹線もかくやという超高速でしばたかせた。
「『物質創造』って言ったら……黄色だっけ。単純で扱いやすく、攻めも守りもできるから優秀なんだヨ」
「防御専門の空色とは違いますからね」
ミラはまだ恨めし気な目を慧に向けた。
だが、スーはその意見を一蹴した。
「そうでもないぞ。無敵だから、捨て身の特攻を何回でもできるんだ。相手がナイフ持ってようがライフル持っていようが戦車だろうがやっつけられる」スーはみかんの半分を食べ終わり、深呼吸した。もうこれ以上食べられないらしい。「原理的には、外側をコーティングするんじゃなくて、周囲の空間まるごとバリアにしちゃうから体の中までしっかり守られるんだ。桃色の魔法で空間を削られたり、黄色の魔法で体内に水銀を入れられることも絶対にないし、空色は優秀だネ」
「へえ」
そう聞くと、空色の歯車は最強に聞こえる。
「でも、いくらダメージが来ないからっていくら殴っても戦車は壊せません」
「武器持てばいいじゃんか。持ってる武器も防御の範囲内だから、絶対に壊れないんだヨ」
「ぐっ……」
ミラは返す言葉が思いつかないため、ようやく慧とスーをにらむのをやめた。再び実況者の声だけが聞こえ、暇な時間が戻ってくる。
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