1-5 - 歯車と妖精さん、あとお友達
「ねむい」
三十分ほど流星のライブ配信を見ていたら、急に眠気が襲い掛かってきた。
スマホの電源を切り、頭だけこたつの外に出して目を閉じる。
「いっ!?」
頭を置いた場所に何か落ちていたらしく、側頭部に痛みが走る。
その場所を手で探ると、小さなギザギザしたものが落ちていた。
それは水色の歯車だった。半透明で、真ん中の穴には細いひもが通してある。ネックレスのようだ。
(なんでこんなものが落ちてるんだろう? 姉さんが持ってきたのかな)
しばらく眺めていると、いきなり歯車の真上に人型の映像が飛び出してきた。それは徐々に鮮明な画像になっていく。
現れた人は、身長およそ二十センチほどの男子だった。髪は右半分が灰色、左半分が歯車と同じ水色で、色の境目はグラデーションのようになっている。目は両目とも水色だ。
顔や体形などはどう見ても小学生にしか見えないが、服装だけは紺色のスーツでびしっと決めていた。ただし髪がぼさぼさなのできっちりしているようには見えない。なんともアンバランスである。
「やっほー。おれっちはスペルワンダ。フルネームはスペルワンダ・アサイド『ツインタプル』ファンク・コードティーディーだぞ」
「長い」
「だからおれっちのことはスーくんって呼んでネ」
スーはウィンクし、右手を顔の横に持ってきてピースした。
慧はため息をついた。せっかく寝ようと思っていたのに眠気がすべて吹き飛んでしまったからだ。だが、名乗ってもらったので一応自分も自己紹介しておく。
「僕は菱暮慧」
「ふむ、慧くんか。いい名前だね」
スーは頷きながら、ポケットから取り出したメモ帳にすらすらと何かを書きこんだ。メモ帳をポケットにしまうと、スーは大きく伸びをしてから話を始めた。
「この歯車は魔法の歯車なんだ。持ってる人は魔法が使えるようになるけど、かわりになにかデメリットもある。これの場合は『防御』で、デメリットは……そうだな、『手加減ができなくなる』くらいかな。慧くんの身体能力から考えれば、今のところは心配はいらなそうだけどネ。鍛えすぎちゃダメだぞ、喧嘩したら殺しちゃうから」
「はあ」
慧はいきなり魔法だのデメリットだの手加減だのと言われてもいまいち飲み込めていない。それに、慧は現実にしか興味がなく、神だとか地獄だとかそういうのは全く信じていない人である。
反応を見たスーは「信じられなくても仕方ないよネ」と肩をすくめた。
「実際にやってみればわかるヨ。左手をパチンって鳴らしてみて」
言われた通りに指を鳴らすと、不思議な、暖かく優しい感覚が慧を包んだ。大好きな母親にハグされているような感じだ。
「ちょっとこたつに頭をぶつけてみて。痛くないから」
再び言われた通りに頭を打ち付ける。ごつんと鈍い音がしたが、慧の頭には何の感触もなかった。だがなぜか、こたつが触れたことだけは分かった。
「ね? わかっただろ。これがこの歯車の魔法なんだ」
「ふうん」
実際に魔法を体験した慧は、一瞬にして意見をひっくり返し、魔法の存在を信じた。
スーは満足したように頷くと、またメモ帳を取り出して何枚かめくった。
「えーと、歯車を初めて持った人には説明する義務があるんだよね。めんどくさいと思うけど聞いてネ」
そこから、およそ十分にわたるスーの説明が続いた。
長ったらしい説明を終えたスーは、ふらふらと空中をさまよった後、ソファーの上に軽くぽすっと音を立てて墜落した。よほど疲れたらしく、体が半透明になって消えかかっている。触ると今にも崩れそうだ。
そしてその長ったらしい説明を集中して聞き続けた慧もソファーに倒れこみ、特大のため息をつく。
説明の内容をまとめるとこうなる。
・所有権は所有者が死ぬまでずっとそのまま。盗まれても魔法が使えるし、盗んだ人は魔法を使えない。ただし魔法の威力が弱まったりする。慧の場合は、『絶対無敵』から『ダメージ軽減』になる。
・歯車の所有者は全世界に数十人いるそうで、お互いが出会うと、お互いに『歯車の所有者だな』と分かる。
・歯車は壊れても自動で復活する。元に戻るのは最も大きな破片だけで、残りは自動的に消滅する。だから売って金稼ぎはできない。
・『防御』魔法は、自分だけでなく、周囲の最大五人にも適用できる。ただし離れすぎると効果が切れる。
こうまとめると簡単だが、スーがとても説明が下手で、慧が何度も同じことを聞く羽目になったことや、説明する事柄に大量の実例などが含まれていたため、それに時間を取られたことで、十分もかかった。
「じゃあ、おれっちはちょっと寝るぞ。おれっち、太陽光エネルギーで動いてるから、歯車を直射日光のあたるところに置いててネ。それじゃー」
スーは光の粒子となって消えた。
慧が窓際に歯車を置くと同時に、家に夢が帰ってきた。
「慧くーん! 大変だよ!」
「なに」
玄関に行くと、今度は別の人を背負ってきていた夢が丁寧に床に下ろした。
「だからさ、家に連れてくる前に救急車を……えっ」
その人は、慧のクラスメートの黒猫蓮だった。
服は背中の部分が大きく破れ、後頭部は血で真っ赤に染まっている。体中に泥が付いており、呼吸をしていなかった。
「姉さん、救急車」
「りょーうかい」
夢が素早く鞄から電話を取り出すと、慧は連の顎を上げ気道を確保し、急いで胸骨圧迫を始めた。
人がいないので仕方ないし服越しとはいえ、会話さえほとんどしたことがない人の体に触れるというのは多少悪い気がする。人工呼吸はなおさら。できるだけしたくない。
「救急車すぐ来るって」
「わかった」
毎分百回程度のテンポを乱さず、力も同じようにする。
腕の疲労を激しく感じながらも三分続けたら、救急車が到着した。
心臓マッサージをやめ、救急隊に任せる。蓮は担架に乗せられて、救急車に運ばれた。
「ご家族ですか」
「クラスメートです。姉さんが公園で倒れていたのを発見したそうで、なぜか救急車を呼ぶ前にうちに連れてきました」
救急隊の男性が、すこし呆れを含んだ目を夢に向ける。夢は舌をぺろっと出し、ウィンクした。
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