第16話「黒白の居ない移動」

 時は少しだけ遡り、結月に言ってしまった事を反省していた、渡井に。

「いつまでも落ち込んでいても仕方ない、そろそろ出発しよう」

 海藤は声を掛けると、凛香が通りかかった。

「みなさん、おはようございます」

 凛香は元気良く挨拶をし、通り過ぎようとしたのだが、ふと訓練の事を思い出し。

「あの……海藤さん、訓練の事なんですけど、何時ころから始められそうですか?時間によっては、手が足りない所の手伝いや勉強したい事もあるので」

 申し訳なさそうに聞いてみると。

「そうだな、何時頃に帰って来れるかは分からないけど、たぶん昼頃には帰って来れると思うから、その後にってはどうだろうか?」

 優しく返答をした。

「分かりました。二人にもそう伝えておきますね。」

 凛香は海藤の返答を受け、炊き出しを手伝った後の事をいくつか考えながら、調理室へと向かって行った、その後ろ姿を見ていた海藤達は。

「こんな事になっていなければ、彼女達も一人の学生として過ごして行けたのにな」

 凛香たちや黒白の事を考えながら呟いていると。

「そうですね。彼らの本分は勉強や友人たちとの思いで作りなのに……こんな世界になっていなければ」

 辰巳は悔しそうに話していた。

「もっとしっかりしないと、いけませんね」

 二人の言葉を聞いた渡井は静かに呟き、それを聞いていた二人は。

「ああ」

「ええ」

 とだけ返事をし、そのまま遅れて来た調達メンバーと一緒に校外へと出て行った。

 今回の調達場所は前に黒白と、車の調達をして来たスーパーと隣接している、ドラッグストアだった。

「今日はスーパーを後回しにして、あそこに隣接しているトウドラッグに向かおう、薬も足りなくなっているらしいからな」

 歩きながら今日の行き先を伝えると、メンバーは静かに頷きながらも周囲を警戒していた、メンバーの中には波田と灰田の二人の姿もあった、二人はあの時の調達以来、警備や物資調達にも頻繁に参加しており、海藤達にとっては心強い存在になっていた、あと数回場数を踏めば、行き慣れた場所であれば調達班のリーダーを任せても良いと思えるほどに。

「なんか今日の海藤さん達の様子がおかしい気がするんだよな」

 波田は二人の様子がいつもと違う事に気が付いており、心配そうに呟いていると。

「どこか様子がおかしいのは確かに気になるけど、警戒は怠るなよ、いつもの道だからって油断は出来ない、この間も行きはいなかったけど、帰りになったらいきなりヤツらに襲われたんだから」

 最後尾を歩いていた灰田にうながされると。

「わかってるさ、どんな時でも警戒はゆるめないさ」

 波田は直ぐに返事をしていたが、視線は常に周りを見ていた、そしてふと先頭を見ると、先頭を歩いていた海藤が車調達の時も休んだお寺を指差し、そこで休憩しようと知らせていた、その事に気が付いた波田は、後ろにいるメンバーに。

「少し歩いたら、休憩みたいだから頑張ろう」

 声を掛けると、それを聞いていたメンバーは嬉しそうにしていた、しかし嬉しそうにしていた事で一瞬だけみんなの緊張の糸が切れてしまい、右隣にある建物の二階窓からヤツらが一体、頭上から降って来る事に気が付く事が出来なかった。

「くっ‼」

 ギリギリのところで、落ちてくる瞬間に気が付いた波田が、自身の前を歩いていた大道の服を引っ張ったおかげで、ぶつかる事避ける事事は出来た、それでもヤツらが地面とぶつかった時の鈍い音は周囲に響いていた、周囲は不自然なほどに静まり返り、いつどこからヤツらが現れてもおかしくは無い状態だ、降って来たヤツらはと言うと、地面にぶつかった衝撃で頭部に致命的なダメージが入り活動を停止していた、体感時間は分からないが、この不気味な程に静かな時間はたった1分の時間すら、何倍の重さや時間に感じられ、つばを飲み込む音も周りに聞こえるのでは無いかと思ってしまうほどの静かさだった。

「今のところは大丈夫そうだけど、警戒はおこたらずに進んで行こう」

 波田は後ろを振り返らずに言うと、後ろにいるメンバーは何も言わずに頷いており。

「今のうちに海藤さん達と合流しよう」

 灰田も周囲を警戒しながら、静かな声で提案した。

「ああ、行こう」

 波田はその提案に乗りつつも警戒を怠る事はせず、返答してから

「急ごう」

 更に声を掛けてからは、出来るだけ足音を立てない様に動きつつ、車の影や民家、そして路地からもヤツらが出て来るのではないだろうかと警戒していた、幸いお寺に着くまでヤツと遭遇することは無かったが、緊張感を感じていた。

「なにがあった?」

 海藤が合流して来た波田達に慌てた様子で聞いて来た

「移動途中で上からヤツらが降って来たんです、幸いそいつが起き上がる事は無かったんですが、周囲を警戒しながら移動していたら、少し遅くなってしまいました」

 波田が理由を説明すると、海藤は安心したのか。

「それなら良かった、ここで休憩すると合図を出したのに、全然来ないから何かあったのか、あるいは気が付かずに先に行ったのかと思ってしまった」

 胸を撫で下ろし、安堵していた。

「それなら、もう少しだけここで休んで行こう」

 そう言っていた、黒白が居なくなった事に気が付いてからわずか数時間の事だが、海藤は不安に襲われていた、調達メンバーや避難所の人達に危険がおよばないかと言った不安や、信じているものの、黒白が帰って来ないのでは無いかと言った具合に、色々と考えてしまっていた、それでもリーダーとしての重圧を背負い込み、前に進む決断もしていた、それでも不安はぬぐい切れない、いつ何が起こるか分からない状況下では不安も緊張もそして、変化してしまったこの世界では、常に死と隣合わせの毎日が続くのだから。


 30分程休憩すると。

「そろそろ出発しよう」

 海藤が号令を掛けると、全員立ち上がった、今日のメンバーは総勢8人を二つのチームに分け動いている一斑のリーダーは海藤、二班のリーダーは波田、1班の他のメンバーは四谷、堀内、もう一人が篠田勝也しのだかつや、彼は海藤達では分からない医療物資を調達するのに同行している、そして2班の他のメンバーは灰田、大道、そして横田裕也よこたゆうや、彼は何度か物資調達に同行していて、夜間の警備もよくやっている、黒白が一人頑張っている姿を見ていた一人で、車調達の際にも同行すると声を上げていたが、あの時は灰田と波田の二人にゆずった為、それ以降の調達には何度か同行していた。

「分かりました、そろそろ動きましょう」

 波田が返事をすると、それを見ていた大道は、ふと灰田の方を見た、彼は何も言わずに静かに頷いていた、二人の反応を見ていた大道は二人の成長ぶりに驚いていた、在学中は教師の言う事もあまり聞かない生徒で手を焼いていて、数日前には黒白と揉めていた二人でもあるのだから、その光景を見て感心している反面、数日の間、黒白の姿が一切見えない事も気にしていた。

「海藤さん、帰ってからで良いので、黒白がどこで何をしているのか、知っていたら教えていただけませんか?」

 大道は不安のあまり頼んでいた。

「ええ、大丈夫ですよ、それに帰ってから、彼ついては伝えておこうと考えていたので」

 海藤の表情は少し曇っていたが、それでも黒白と関係のある人達には説明するべきだろうと考えていた。

「彼には色んな人がお礼を言いたいと思います。彼のおかげで避難所にいた、怪我人や病人の大半は救う事が出来ました。なので俺からもお礼を言いたいんです」

 篠田は医療従事者の一人として、避難所で怪我人や病人の治療に当たっていた、黒白が到着するまでは様々な薬や治療道具が不足していて、あと一歩遅ければ命を落としていた人たちが大勢いた、そんな中で黒白は避難所に到着すると同時にドラッグストアで医療物資を調達してきてくれた、その後も連日調達に行き食料や薬、不足していた医療物資を持って来てくれた事に深く感謝していた。

 篠田が黒白の事を最初に見たのは、感染してしまった男性を手に掛けた所だった、それから黒白の事を良く思っていなかったが、しばらくしてから一緒に医療活動をしていた篠原から、誰が物資調達をしてくれているか教えてもらい、その後には体育館で、ヤツらへと変異してしまった、少年の事を目の当たりにしたことから、黒白への見る目が変わった、更に海藤達が黒白のして来た事を聞かされたあとは、機会があれば、お礼もしたいとずっと思っていたのだった。

「そうか、でも黒白のことだから、たぶんだけど、『気にしなくて良い』とか言いそうなきがするな」

 海藤は冗談交じりに言っていた。

「彼の事はあまり知らないけど、あの時の様子を見るからに言いそうな気はするな」

 四谷はあの夜の警備が終わったあとに堀内達から、黒白事を色々と教えてもらっていた、普段は人に興味を示さない四谷から、特定の人物の事を聞かれることに新鮮味を感じていた堀内達は自分達が知りえるだけの、黒白の人柄を教えていた。

「それに機会があれば、いろいろと話して見たいところだ」

 四谷の言葉を聞いていた、堀内はその言葉に驚いており。

「本当にめずらしいな、東吾がそこまで彼に興味を示すなんて」

「自分でも何でかは正直分からないんだよね、でも彼とは色々と共通点があるような気もする、例えば山縣先生の事とかさ」

 少しだけ、恩師との事を思い出し、微笑んでいる四谷は嬉しそうだった。

「たしかにそうだな、彼が良いと言ってくれるなら、同じ先生に助けてもらった同志、話も盛り上がりそうだ」

「たしかに」

 堀内と四谷の二人は嬉しそうに、そしてどことなく、懐かしそうにしながら話し、笑っていた、その二人の様子を見ていた、面々も嬉しそうにしていた。

「楽しい話は一旦ここまでにして、出発しようか」

 海藤が最初に号令を掛けてから、15分程の時間が経っていた。

「そう言えばそうだった、すみません」

「申し訳なかった」

 堀内と四谷が謝罪すると。

「大丈夫だ、それに君たちの黒白に対する思いを聞けて、正直なところ、嬉しかった」

 海藤も黒白とそこまで長く接して来た訳では無いが、黒白の頑張りを近くで見て来たからこそ、三人の言葉は嬉しかった

 その後、海藤達は目的地まで歩き出した、道中ヤツらの姿が以前より多く感じられ多賀、近くにいるヤツらのみ倒して行き、進んで行った、お寺から1時間程掛け、ようやく車調達をした、駐車場まで到着したのだが、そこは道中とは違い、ヤツらの姿が全く確認出来なかった、倒した後の死骸はあるのだが、動いているヤツらの姿は無く、不思議な感覚に襲われた。

「どこにもいない……どうして」

 波田が不思議そうに周辺を見てみるが、やはりヤツらの姿は確認出来ない。

「静か過ぎるな……警戒は十分にしよう、入り口の警備は三人にしとかないか?」

 当初の予定は二人で見張る予定だったが、この静けさは異常に感じられた。

「何があるか分からない、入り口は四人にしておこう、薬の棚は入口から直ぐの場所にあったはず、篠田君、出来る限りで良いから、急いで物資を調達しよう、無論俺たちも出来るだけ急ぐ」

 海藤は少しだけ焦りを感じつつも、自身を落ち着かせるようにしていて、その様子を見ていた篠田は。

「分かりました。」

 理解を示してはいたが、彼は始めての物資調達な事もあり、緊張と不安が大きかった、そんな状況を察してか。

「あの店は海藤さんが言っていた通り、入口から直ぐ近くの所に薬棚があります。何かあれば、俺たちもすぐ近くに居るので、声を掛けたり、急いで入り口に避難してきて下さい、俺たちも注意して見る様にするので」

 灰田が篠田に声を掛けた後に。

「俺もだけど、達也も始めて物資調達に出た時は震えていました。何かあったら俺たちも動きます。何かあったら直ぐに入り口まで逃げて来て下さい」

 波田なりに励ましていたが、まだ波田達も完全には恐怖を拭い切れていない事に気が付いた大道は、三人の所に行き。

「大丈夫、俺もいるし、海藤さんや横田さんもいる、二人が言うように何かあったら直ぐに逃げてきなさい、いざと言う時は海藤さん達も助けてくれるだろうしさ」

 そっと篠田の肩を叩くのだった、篠田は三人から声を掛けてもらった事もあり、落ち着きを取り戻し。

「分かりました。ありがとうございます」

 静かに笑っていた、その様子を見ていた海藤は、これから多くの物資を調達しに行く際には、灰田、波田、大道の三人をリーダーとして行動するのも手段の一つにしようと考えていた、三人の様子を見守りつつ周囲を警戒していた横田は橋の方から黒煙が上がっていることに気が付いた。

「海藤さん……」

 横田は急いで海藤の傍に行き、海藤も呼ばれた気がして振り返ると、そこには横田が立っていた。

「どうした?」

 海藤は緊急性がある気がして聞いて見ると。

「橋の所、なんか燃えてません?黒煙も上がっている気がしますし」

 横田が指差す方を見て見ると、確かに黒煙が昇っているのが確かに見えた。

「火事か?」

 海藤が小声で呟き、少しだけ様子を見ていると、爆発音が鳴り響いた。

「この音の所為で、ヤツらの姿が無いのか?」

 横田は不思議そうにしているが、爆発音は距離が離れている事もあってかそれほど大きい物では無く。

「その可能性は十分にあるが、警戒は怠らない様にしよう、周囲にヤツらの姿は?」

 海藤は同意を示していた、周囲は今だに数台の車があり、その影にヤツらが隠れている可能性もある、会話をしている間も何度か爆発音が喫超えていたが、倒れている死体が動く様子は無かった、感染していないのか、起き上がる前なのか、それは分からない。

「今のところは大丈夫そうだけど、警戒は十分に、店内もどうなっているか分からないから俺たちもだけど」

 始めて入る店舗だからなのもあり、堀内も緊張していて、周囲の空気は張り詰めていた

「分かりました。堀内さん達もお気を付けて」

 波田も周囲の張り付けた空気を感じていた、それでも恐怖も不安も何とか飲み込んでいた、黒白はある程度、折り合いを付ける様にしていたが、波田もまだ学生だ、覚悟している部分もあるだろうが、ヤツらと対峙するのも、未だ避難所ではヤツらを倒す事に嫌悪感を持っている人もいる、そんな人々から心無い言葉を言われる事もある、それらを肌で感じる様になってから、あの時の黒白の思いを少なからず感じる様になり、灰田や海藤達には少なからず弱音を吐いている時もあるが、黒白はそれすら出来なかった事を思い憂いていた

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