第2話

尾根は、重い足取りで雑居ビルの階段を降りていた。

手にした鞄の中には、若い女性たちの人生が金と薬という形に換算されて詰まっている。

歌舞伎町の喧騒が、一層虚しく響く。

​おいね「このままで本当にいいのか…」

​自問自答を繰り返す尾根の脳裏に、妹の顔が浮かんだ。

病気の妹の入院費用を稼ぐため、どんな汚れ仕事も厭わなかった。

しかし、そのために見知らぬ女性たちの人生を踏み台にしている。

この仕事は、妹を救うための正義か、それともただの偽善なのか。


​同じ頃、スカウト会社『コネクト』の隠し部屋。

真虎は、尾根が『旺介組』の事務所を出る姿をモニター越しに監視していた。

その冷徹な眼差しは、尾根の苦悩を見透かすかのようだった。

部下「神堂さん、次のターゲットですが…」

​次のホステスのリストを差し出す。

しかし、真虎は興味なさそうにそれを一瞥し、別のモニターに目を向けた。

そこに映し出されていたのは、銀座CLUB『LUNA』で、オーナーママの浜崎莉子と話す赤羽凛の姿だった。

彼の口角が、ゆっくりと弧を描く。

​マコ「もうすぐだ…全てが繋がる」

​その言葉は、意味深な響きを帯びていた。

『カネマルファイナンス』の社長室。

若月龍一は、いつものように電話越しに債務者を追い詰めていた。

電話口から聞こえる悲痛な叫び声に、若月は愉悦を感じていた。

​ワカ「期限はあと2日。それまでに金を用意できなかったら、わかってるよな?」

​電話を切った若月は、事務員の鵜飼に次の指示を出す。

ワカ​「赤羽凛の件、進めといて」

​彼女は感情のない声で

ウナポン「承知いたしました」とだけ答えた。

その顔には一切の感情が見られない。

若月は鵜飼の無感情さが気に入っていた。

まるで意志を持たぬ人形のようだ、と。


​CLUB『LUNA』の一室。

浜崎莉子の言葉に、赤羽は迷っていた。

​アカリン「…代償」

​その言葉が、何を意味するのか。

赤羽の抱える多額の借金。

夫は失踪し行方知れず、子供はまだ幼い。

残された選択肢は、決して多くはなかった。

​アカリン「もう、私には時間がないの…」

​弱々しく呟く彼女に、浜崎は静かに微笑みかけた。

​ハマちゃん「アカリン、あなたは選ばれたの。この街の【ゲーム】に参加する資格を得たのよ」

​浜崎の言葉は、赤羽の決断を後押しするかのように聞こえた。

​『LUNA』のフロアで、ボーイの夜久京一は、No.1ホステス音羽奏の様子を観察していた。

彼女はいつも通りの笑顔で客と談笑している。

しかし、時折見せるその孤独な眼差しを、夜久は見逃さなかった。

音羽の過去には、誰も知らない秘密が隠されている。

​一方、No.2の是津静乃は、冷たい瞳で夜の街を見つめていた。

彼女の笑顔は、まるで仮面のようだった。

客の男に酒を注ぎながらも、その視線は虚空を彷徨っている。

是津が抱える〔闇〕は、この街の誰よりも深く、そして暗いのかもしれない。

交番の片隅で、巡査の雨宮葉流杜は、街を往来する人々の顔を観察していた。

尾根のように、何かを背負っている男。

真虎のように、全てを掌握している男。

そして、赤羽のように人生の岐路に立たされている女達。

​(この街は、何かおかしい…)

​雨宮は直感的にそう感じていた。

そして、その胸騒ぎは、ある一つの出来事を予感させるものだった。

​突然、無線がけたたましく鳴り響く。

​[歌舞伎町一帯で、不審火が発生。複数箇所で放火の可能性あり]

​雨宮は立ち上がり、ヘルメットを被った。

パト「情報が必要だな…」

そう呟くと、バイクに跨りアクセルを回し走り出した。

この火は、誰が何のために放ったものなのか。

そしてその炎は、この街に生きる者たちの人生を、どのように変えていくのか。

【ゲーム】とはいったいなんなのか?

​物語の歯車は、炎とともに、加速し始める。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る