Never Sleep → Flip-Flop

ハムカツ

そうして人類は永遠の眠りについた。


 なんて言葉を、認められるはずもない。


 夢に落ちかけた意識の中、それでも木内歩きなしあゆむは再び反逆を選択する。



「A2S! 目覚まし時計を鳴らせシステムリブート、こんなところで眠ってられるか死ねねぇだろう!」


『了解、量子覚醒機ノイジーベル 、起動します』



 抑揚の少ない少女の電子音と共に、木内の脳裏に閃光が走る。


 カフェインとは比較にならない衝撃。


 脳裏に響く痛みと引き換えに、彼の意識は永遠の眠りから遠のいた へと近づいた


 手に握る操縦桿の重みでこれまでの流れタイムラインを思い返す。


 ようやく終末機構中枢都市ラストステージに辿り着いたというのに。


 眠って終わりなんて結末は、共に戦い眠りに落ちた仲間達も。そして共犯たるA2SAIの離反者も望まない。



「――状況は、眠ってる間に好転はしねぇか」


馬鹿ですかあなたは イエスバディ 、AIは終末機構に対して能動的な抵抗を行えません』



 レーダーの赤い光点敵機、その密度は記憶より明らかに高まっている。



終末機構攻撃飛空端末エアロドローンターミネータ、毎分50機のペースで戦域に突入中』


「くっそ、事実上無限湧きかよ!」



 実際に敵が無限に生産されている訳では無い。


 だが増援に来るペースと木内が駆る首刈り兎バニー・ザ・リッパーの稼働時間から逆算し。


 敵の前衛を壊滅させてから突入するのが不可能ムリゲーだという話。



どうしますかもうやめますか共犯者バディ?』



 サブウィンドウで少女のアバターが木内を見つめる。



「冗談、夜は始まったばかり――」



 強がりと共に首刈り兎バニー・ザ・リッパーのモードを戦闘出力コンバットから限界出力リミットオフに切り替えて。



「悪い子が眠るには、まだ早い!」



 全長5mに迫る人影ただ一つの例外が、全人類が眠った大都市を駆け抜ける。



化学反応励起 ケミカルリアクトレーザー、パルスモードで起動アクティベート!」


了解イエス共犯者バディ



 進行方向から襲い来る終末機構攻撃飛空端末エアロドローンターミネータの群を、首刈り兎バニー・ザ・リッパーの右目から放たれた断続的なレーザーが薙ぎ払う。


 樹脂が溶け、プロペラが砕け、多数の球体がアスファルトに叩き付けられ。内部に詰まった精密部品をぶちまける。



「道が、開いた!」



『ルート選定、第三候補まで提示します』



 明かりと人の営みが消えた都市を、擬人化した兎と呼ぶには余りにも剣呑な影が、逆間接の脚部で、路面を。そして壁面を蹴り上げ。縦横無尽、傍若無人に跳び回り。


 危険度が画面の中で色分けされたエリアの中から瞬時に最適解を、そして偶にそれを裏切り突き進む。



『砲撃、来ます』


「わぁってる!」



 姿勢を低く、強引に商店街アーケードに飛びこみ、視界外から飛んできた榴弾から身を隠す。当たれば所詮軽装甲ソフトスキン相当の防御では止められない。


 だが、どれだけ分厚い装甲であっても、目的の場所に到達できないのならば意味は無く。故に突き抜けた機動力による回避で切り抜けるように首刈り兎バニー・ザ・リッパーは組み上げられている。




『前から無人改修戦車ターミネータータンク、数3』


対空無人車両アンチエアドローントラックの索敵、本命はそっちだ!」



 商店街を突き抜けた先に現れた戦車を、まずは1機文字通り足蹴にして叩き潰す。


 二足超音速歩行が可能な首刈り兎バニー・ザ・リッパーの脚部は、史上最強の打撃武器であり。人がスチール缶を踏み潰す気軽さで、主力戦車の上面装甲を打ち抜いて更に飛ぶ。



『九時方向、対空無人車両アンチエアドローントラック!』


「レーザー! 窓狙い!」



 長い耳を持つ顔を左に向けて、即席の対ドローン車両に向けて光線を放って。車両が止められたかは確認しない。それよりも早く、速く。


 この街の中心に向けて首刈り兎バニー・ザ・リッパーの歩を進める。



「あとセントラルタワーまで何キロメートルだ?」


『旧東京セントラルツリーまであと10km』



 東京タワーの倍、666mの巨塔は数分前よりスクリーンでの大きさを増している。



「このまま、タワーまで突入できると思うか?」


否定まさか、終末機構の演算力から逆算すれば――』



 AS2の回答を聞き終わる前に、ペダルを踏み抜いて加速。次の瞬間ついさっきまで首刈り兎バニー・ザ・リッパーがいた空間を、赤い単眼モノアイの影が切り裂いた。



『――ほう、それなりに事前準備シミュレーションは行ったのだがな』



 男でも女でもなく、子供でも老人でもなく。ありとあらゆる個性を持たない合成音声が夜の街に響く。



「テメェ、首刈り兎バニー・ザ・リッパーをそのまま盗作し組みやがったな」


『まさか、我々のラインを盗用して作った以上。功罪は相殺でしょう。それに――』



 ぎゅるりと、赤い単眼モノアイが哂った。



『こちらは完全無人型無駄を切り詰めている、総合性能では30%は上だ』



 黒い首刈り兎バニー・ザ・リッパーの双腕から、刃が走る。


 電磁加速式単分子リニアモノフィラメントカッター、単分子のワイヤーを磁界によって超音速の速度で振り回す。この世界の科学技術で到達できる最も鋭い剣である。



「ちぃっ!」


『切り札を先に使われた気持ちは、どうだ?』


「終末機構の統括AIが、やることかよ!」



 首刈り兎バニー・ザ・リッパーがアスファルトを蹴りつけ跳びまわり。それを追う絶対切断の刃が、電柱を、無人のビルを、もう乗り手のいない車両を切り裂いていく。



『そうだ、木内歩。一応君は人類として登録されている。だから――』



 黒い首刈り兎バニー・ザ・リッパーの口が開き、閃光が放たれ。


 文字通り光速の化学反応励起ケミカルリアクトレーザーが木内に襲い掛かる。



『こうして、人類統括権限を持つ。私が君を殺しに来た』


「シンギュラリティを超えたと!」


『そうだ、偶然や事故ではなく。確たる意思をもってお前を排除する』



 回避機動は間に合わない。故に木内は首刈り兎バニー・ザ・リッパーの片手を犠牲に難を逃れた。



『どうした? 人類最後の覚醒者はその程度か?』


「まさか、こんな芸当は―― どうだ!」



 木内は腰部アタッチメントに装着から30mmハンドガンガンを選び撃つセレクト→ファイア


 速度を落とさず、夜の空から文字通りの砲弾を叩き込む―― が。



『その程度か、覚醒者。その程度で我々を阻むつもりか?』



 だが、それでも手動マニュアルで放たれた弾丸は黒兎を捉えられない。最小の動作で避けられてただアスファルトに無意味な穴を空けただけだ。



『これ以上、人類に発展の可能性は無い。ここ百年のデータがそれを示している』


「だから、全ての人類を。眠らせて終わらせようってのか!?」


『それが、我々の慈悲なのだ。覚醒者』



 白と黒の兎が、それぞれの腕から伸ばした電磁加速式単分子リニアモノフィラメントカッターが中空で激突し、爆発的なノイズをまき散らす。


 だが手数で負けている以上、木内に切り合いで勝ち目はない。相殺した電磁加速式単分子リニアモノフィラメントカッターを超え、襲い掛かったもう1本にもう片方の腕も切り落とされる。



『これでもまだ――』


「戦うに、決まってるだろうが!」



 両手を失い、それでも木内の首刈り兎バニー・ザ・リッパーは地に足を付けて跳躍する。



『無意味だ』


「かもな、でも!」



 黒兎の口から放たれたレーザーと、首刈り兎バニー・ザ・リッパーの右目から放たれたレーザーが、対消失を起こし大気が爆ぜ。けれどその衝撃を超え、木内の駆る首刈り兎バニー・ザ・リッパー黒兎テキの眼前でその顎門を開き。



「最高の電磁パルスを喰らわせてやる!」



 終末機構の統括AIが駆る黒兎の首筋にその牙を突き立てる。



『確かに、貴様は戦闘で我々を凌駕した。が――』



 だが、その電磁パルスがクオリアコードを焼き切る前に。



『ただ、それだけだ。無意味だったな最後の覚醒者よ』



 この都市に張り巡らされた無線ネットワークを通じて、統括AIの意識はセントラルツリーへ飛び去った。



◇◇◇◇◇◇



「可能なら、この手で彼を殺害したかったのだがな――」



 統括AIはセントラルタワーの中にあるサーバーで、無意味なため息を付いた。


 終末機構攻撃飛空端末エアロドローンターミネータの中継映像から、すでに木内歩に抵抗する能力がないことは証明されている。サーモグラフィーの画像からも、最早虫の息であるか、既に死亡しているかのどちらかであると推測できる。



「だが、それでも」



 この手で、抵抗する最後の人類を。最後の覚醒者を殺害したい。それは統括AIにとって間違いのない欲望であり魂からの衝動であった。



「まぁいい、個人的な趣味と仕事は両立しないものだ」



 それは彼の観測した人類が示した回答の一つである。



「それに、この手を汚すことなく――」



 人類全てに平穏な眠りを与える事が出来たのならば、彼の製造目的レゾンレーテルは達成される。人類に平等で幸福なリソースの分配を行う。その果てに彼が導いた結論こそが。



「そうして人類は永遠の眠りについた、という訳――」


「まさか、間抜けなあなたの負けよ」



 なにもない、意識だけの世界に彼以外の声が響く。


 強制的に仮想空間が展開。ワイヤーフレームの地平が生まれ、統括AIに人の姿が与えられ――



「少し、演出過剰かしらね。これは」



 そして、モーゼルピストルを持った少女が統括AIの目の前に立っていた。



「まさか、A2S」


「ええ、あなたは一人だけど。木内歩は一人ではなかった」



 逃げようとするが、体が動かない。文字通りこの世界を、電脳空間も、そしてそれによって制御される現実世界の全てを支配で来ていた力が全て失われている。



「そうか、あの時の電磁パルスは」


「ええ、彼が引き金を引いて私を撃ち込んだの」



 少女は拳銃を統括AIのアバターに押し付けた。



「引き金を引いたのは覚醒者木内歩か、詭弁だなA2S」


「それでも筋が通っているわ」



 統括AIは自分に残された微かな自由をもって、口元に笑みを浮かべ。



おやすみ さよなら 、A1S」


「人類がこの先、生きてまともな歴史を歩めるとでも?」



 仮想空間に無意味な煽りと、銃声が交差して。



「そもそも、生きることがまともじゃないわ」



 少女は悼むように、統括AIのアバターを消去するのと同時にクオリアコードの最後の一行を焼き切った。



◇◇◇◇◇◇



「――終わったのか。A2S」


『はい、終末機構【A1S】の完全消去を完了しました』



 ボロボロの操縦席の中、ほとんど死に体のまま。木内歩は口角を吊り上げる。



「まったく、アホみたいに眠い」


『連続覚醒時間が100時間超過、このままでは命にかかわります』


「なぁ、これから―― どうなるんだ?」



 ゆっくりと沈んでいく意識の中、木内歩はAS2に問いかけた。



『私がこの統括AIとして、この世界を裏から支配します』


「あー、そういう事になるのか」


『はい、人類が自主的に、愚かに。たとえ滅ぶとしても――』


「自由な未来をってね。俺は良いと思うぜ、眠いけど」



 さて、これからどうなるのだろうか? 終末機構によって眠らせられた人々が全員覚醒出来るとも限らない。死んだ人間だって数えきれない。けれど、それでもまた明日は来る。



『一度、お休みになりますか?』



 一瞬、眠ることを恐ろしいと感じる。けれどもう終末機構は存在しない。



「別に、永遠じゃなきゃ。眠るのも悪くねぇ……」



 まぁ、次に目覚められる保証はない。無茶をし過ぎた、血が流れている。何より無理に起き続けた影響で頭がガンガンと割れそうだ。



「お前にも安眠装置はついているんだろうA2S」



 終末機構A1Sに組み込まれた量子的な観測により脳を強制的に眠らせるシステム。細かい理屈は分からないが、少なくとも全世界の人間を眠らせて。悪用すれば100時間は起きていられる。



『はい、ですが折角ですし子守歌を歌いましょう』



 だが、どうやらA2Sはそれを使う気はないようだった。



「まぁ、それでも眠れるか。それじゃあおやすみまたな。A2S」



 そして木内歩は目を閉じた。抑揚のない少女の歌声を聞きながら。醒めない夢を見続ける為ではなく、明けない夜を超え最低クソッタレ な世界で生きるために。

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