第3話

 俺は魔王の息子として生まれた。

 魔族の血を引く者として、父の後継として、人々に恐れられる存在として。

 けれど、俺は知っていた。

 未来を垣間見る力を持つ俺には、ただ一つの結末が幾度となく突きつけられていたのだ。


――勇者の剣に倒れ、無惨に地に伏す自分の姿。


 何度も抗った。

 だが、運命は必ず同じ場所へと収束していく。

 ならば、せめて父のために。

 あの魔王の息子として、誇りを抱いて散ろう。


 戦場。炎と絶叫の中、勇者は立っていた。

 白銀の鎧、輝く剣。伝承が語る通りの姿。


 俺は黒炎をまとい、突撃した。

 轟音と共に炎が勇者を飲み込む。

 光と闇が衝突し、大地が裂ける。


 その刹那、脳裏に父の姿がよぎった。

 玉座に座り、誰よりも強大な存在として君臨する魔王――だが、息子である俺にだけ見せる眼差しは、誇らしげでありながらもどこか脆さを秘めていた。


 父に、認められたかった。

 ただ、それだけだった。


 だが次の瞬間、勇者の剣が閃き、黒炎を両断した。

 胸を貫く痛み。熱と血が迸り、視界が白く染まる。


 未来で何度も見た通りの光景。

 胸を穿つ剣。流れ出る血。

 何も変わらなかった。


「……父上……」


 かすれた声が、血に溺れて掻き消えた。

 最後に胸を満たしたのは、誇りと――その誇りを示すことすら叶わなかった悲しみだった。


 勇者の瞳がわずかに揺れたが、彼の剣は揺るがなかった。

 俺もまた筋書きに従うためだけに生まれた存在なのだ。


 暗闇が迫る。

 その中で、ただ一つの想いを抱いた。


――せめて父に、魔王の息子として散ったと伝われば。


 そうして俺は、深い闇に沈んでいった。

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