第2話

 俺は魔王の息子として生まれた。

 魔族の血を引く者として、父の後継として、人々に恐れられる存在として。

 けれど、俺は知っていた。

 未来を垣間見る力を持つ俺には、ただ一つの結末が幾度となく突きつけられていたのだ。


――勇者の剣に倒れ、無惨に地に伏す自分の姿。


 抗ったこともあった。

 だが、運命は必ず同じ場所へと収束していく。

 ならば、せめて父のために、仲間のために、この命を差し出そう。

 それだけが、俺に残された誇りだった。


 戦場。炎と絶叫が渦巻く中、勇者は立っていた。

 白銀の鎧に輝く剣。その存在は、まるで“世界そのもの”が形を取ったかのように揺るぎなかった。


 俺は黒炎をまとい、咆哮と共に突撃する。

 渓谷を揺るがすほどの魔力を叩きつけた。

 炎の奔流が勇者を飲み込み、光と闇が激しくぶつかり合う。


 その時――勇者の足が一歩、後ろへ退いた。


 押し返した。

 運命に抗えたのか。

 一瞬だけ、胸に熱い希望が灯った。


 だがそれは、ほんの刹那の幻だった。

 勇者の剣が閃き、圧倒的な光が黒炎を裂いた。


 次の瞬間、胸を貫く灼熱の痛み。

 視界が白に染まり、気づけば大地に膝をついていた。


 未来で何度も見た通りの光景。

 胸を穿つ剣。流れ出る血。

 結末は変わらなかった。


「……結局、同じか」


 自嘲のように笑おうとしたが、血に喉を塞がれ声は出ない。

 希望は嘲るように潰え、冷たく、虚しいだけだった。


 勇者の瞳がわずかに揺れたが、その顔に慈悲はなかった。

 彼もまた筋書きに従う操り人形にすぎないのだから。


 暗闇が迫る。

 最後に胸をよぎったのは、どう足掻いても抗えないという確かな実感だった。


――俺の死は、やはり何の意味も持たない。


 そうして俺は、深い闇に沈んでいった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る