第55話 お礼は林檎、カチヤと兄、氾濫の原因は 20250725




 グリフはたった数分で、ラーナだけでなく集まったエイプや小さな小物たちを倒した。

 更に、シロイとカチヤの会話を聞いており(人間に見られぬよう動けばいいのだな)と、三階層にいる危険な魔物を片っ端から倒していった。

 シロイの下に戻ってきたのは四半刻ほど経ってからだ。

 その間にシロイたちも三階層から二階層に上がる階段近くまで進んでいた。


(あちらの方に人間の気配がする。今はラーナほどの大きな魔物の気配はない。見られるよりはいいだろうと戻ってきたぞ)

「うん。ありがとう。依頼は終わりだよ。対価を渡すね」

(俺様の好きな果物があるのか?)

「林檎だよね、あるよ」


 ポーチから、王都で買った林檎を取り出す。


「あのね、品種改良されててすごく美味しいの。きっとグリフもびっくりするよ」

(ほほう、そりゃいい)


 はたして、グリフはとても喜んだ。師匠の家の周りに植わっていた林檎は甘みもあったが酸味が強かった。それはそれでパイにすると美味しかったけれど、シロイはユリアに勧められて買ったお高めの甘い林檎が大好きだ。


 グリフは一個を丸ごと食べて目を丸くし、箱ごと渡したシロイに感謝して住処へと帰っていった。

 師匠が言うには幻獣たちを隔離している大陸の山脈を縄張りにしているようだ。師匠がいなくなってから、契約していた幻獣たちは自然と離れて暮らすようになったらしい。

 帰り際、グリフが(また皆と喧嘩ができるな)と言っていたから、寂しかったのだろう。

 シロイも機会があれば皆を召喚して話がしたいと思った。もちろん、喧嘩はなしだ。



 シロイとカチヤは、心配しているであろうヴィルフリートたちを追って二階層に向かった。

 階段を出てすぐの安全地帯にヴィルフリートや冒険者たちが待っていた。その中からフランクが駆け寄ってくる。しかし、カチヤに抱き着こうとして避けられてしまった。


「なんでだよ!」

「鬱陶しいんだよ。ほら、急いでダンジョンを出ないとなんだろ? さっさと行くよ」

「休憩はしなくていいのか」

「誰に言ってんだい? あたしは三日三晩、森を走り抜けたことのある女だよ!」

「あー、はいはい。俺が依頼選びを失敗したやつな。罰則があるからって、寝るより金を取った女だ」


 二人がやいやい言い出すのを、フリッツが複雑な表情で眺めている。

 その間にヴィルフリートが皆を立たせた。学生たちは「また走るのか」と愚痴を零しながらも安全地帯を出ていく。先頭を行くのはユリウスだ。皆を引っ張っていく係らしい。アルベルトも露払い役として、剣を片手に走り出す。

 ヴィルフリートは最後になった。シロイと並ぶと声を掛けてきた。


「本当に大丈夫なんだな?」

「うん。グリフォンを召喚して魔物を倒してもらった。グリフォンは目立つと思って、もう逆召喚したよ」

「それがいい。とはいえ、フェンリルとペガサスも目立つけどな」

「あの子たちは戻ってきた?」

「クーシーだけな。一年を乗せてもらった。会話ができないから不明だが、二階層にも魔物が増えているみたいだ。怪我をした学生が思ったより多いのかもしれない」


 実際にゴブリンやコボルトの気配をあちこちに感じた。その上、いなかった場所に突然現れる。


「完全にダンジョンの氾濫だ。隠し部屋を見付けるどころの話じゃなかったな」

「演習で見付けるつもりだったの?」

「もしかしたらと思いたいじゃないか。まあ、王都のダンジョンは探し尽くされているからないだろうけど」

(面白い話をしていますね。ふむ。彼等は知らないのでしょうか。ダンジョンの氾濫には隠し部屋が関係しているようなのに)

「えっ?」


 師匠はもうファビーへの憑依を解除したと思っていた。だから、シロイは一瞬どちらが話したのかと混乱してしまった。特に、ファビーは師匠に創られたせいか口調が似ている。

 シロイはヴィルフリートが見ているのに、つい問い質した。


「今、どっちなの? それに隠し部屋が関係してるってなに?」

(お父様だよ。少しだけ余裕があってね。話を聞いていた。でもそろそろ無理かな。ファビーに情報を共有しておくよ)

「え、え、お父様? 師匠?」


 シロイが戸惑っている間に、今度こそ本当に師匠の意識が消えたようだ。ファビーが足下を走りながら「チチチ」と鳴いた。


(やれやれ、依代になるのも疲れますね)

「ファビー!」

(はいはい、僕ですよ。では、師匠の伝言です。ダンジョンの隠し部屋に魔物が住むようになるとイベント発生とやらが起こるらしいですね。ボス部屋になるか、魔物の氾濫になるそうです。他にも、隠し部屋で空間を広げるような魔法を何度も使っていると空間が歪むとか。そのせいで行き先不明の転移魔法陣のようなものができてしまうのです。大体は似たような場所に繋がりますね。ダンジョンに、というよりは魔物のいる場所のようですが)

「転移魔法陣で?」

(かつて師匠が、凶悪な魔物をまとめて亜空間や別大陸に押し込めたと話しましたよね? その際に下っ端もまとめて隔離しています。彼等は小さな穴であれば擦り抜けられる。たまさか繋がった場合はちょろっと出てこられるでしょう。まあ、万に一つもないとは思いますが)


 シロイは真っ青になった。ファビーの後半の言葉も頭に入ってこない。


「え、亜空間に繋がったってこと? だったら、これ……」


 シロイが腰に下げたポーチを見下ろすと、ファビーが首を振った。


(別の場所です。安心してください。掃除ができない大雑把な師匠ですが、そこはきちんとされていました。凶悪な魔物どころか不穏なものは一切出てきません。それより、大陸に放置した方の魔物が問題なんです。さすがに人間の住める場所ではありませんが、端っこや厳しい土地に押し込んであります。ところが、ぎゅうぎゅうになった魔物たちと元からあった魔素のせいで、ある意味ダンジョンに近い環境が生まれました。師匠は転移魔法陣が繋がりやすい場所を、そこではないかと考えているようです)


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