第56話 ルルとファビーの活躍、シロイとファビーの思い




 ダンジョンとダンジョンが合体することはほぼないという。

 ダンジョンは魔物のような存在だからだ。亜空間も同じである。亜空間はそれぞれが唯一無二の存在だと考えていい。

 そう聞いて、シロイは安堵した。

 ただ、ダンジョン内に転移魔法陣はできてしまう。


 ヴィルフリートはシロイとファビーの会話が気になる様子だった。ファビーの声は聞こえないけれど、シロイが「転移」や「亜空間」といった言葉を口にするので、ちらちらと見ている。


「ヴィルフリート、あのね、落ち着いたら師匠のことも話すね」

「あ、ああ。だが、言いづらいなら構わないんだ」

「ううん。ヴィルフリートなら信じてくれると思うし、友達として信じられるから」


 返事がないので走りながらヴィルフリートの顔を見る。そこには顔を赤くした若者の姿があった。

 シロイは「こんな言い方したら嫌がられるかな」と一瞬考えた自分を恥じた。ヴィルフリートが嬉しく思っていることは人慣れしていないシロイにも十分に伝わった。


「わたしの話もしていい? 今はもうファビーしか知らないの」

「聞くよ」

「あ、幻獣も知っているのかな。でも、あの子たちは人間じゃないから感覚が分からないんだよね」

「ああ、そうだよな。ルルは俺を慕ってくれているが、情緒は幼児に近いし、好きか嫌いかでしか考えないから」

「チュ?」

「悪口じゃないぞ。ルルには助けられている。俺はお前が好きだよ。でも、人間の悩みを相談しても分からないだろう?」

「チュゥ……」


 分からないらしい。そういえば以前、ルルはヴィルフリートが眠気を堪えて必死に勉強している姿を見て「変なの」とファビーに話していた。寝たければ寝ればいい。大抵の幻獣たちはそう考える。

 ファビーは魔法生物だからか、師匠に鍛えられたせいか、人間くさいので会話が成り立つのだ。


「幻獣はすごいけれど、人間とは違う。分かっていたつもりでも実際に契約してみないと見えてこない部分があるな。クーシーだって、顔は怖いが優しい態度だった。もっと勉強しないとだめだと思ったよ」

「うん」

「隠し部屋のことも、なにか新事実を発見したんだろう?」

「あ、そうだね」

「まだまだだな。でも、やりがいはある」

「わたしも。もっと勉強しなきゃって思った」

「あれで? その場で魔法陣を書き換えて一発で付与するなんて、魔塔の一級研究者でも難しい。現場主義の魔法騎士でもだ」

「えへへ」


 褒められたと分かって、シロイは笑った。

 ヴィルフリートは呆れたような表情でシロイを見て、それから肩の力を抜いたようだった。

 いつの間にか二階層も中程を過ぎた。ところどころに魔物のなれの果てが見える。誰も素材や魔石を拾っていない。いずれダンジョンに吸収されるのだろう。

 シロイの気持ちが伝わったのか、ファビーが「チチチ」と鳴いた。応じたのはルルだ。「チュッ」と答えると、ヴィルフリートの胸ポケットから飛び出す。


「お、おい、どうしたんだ」

「チュチュチュ!」

「チチチ」

(この周辺の魔石だけでも拾っておきます。僕には保管庫もありますしね)


 そう言って、ファビーは蝶ネクタイを自慢げに見せた。

 ヴィルフリートには通じていないものの、なんとなく察したらしい。


「拾うつもりなのはいいが、もうすぐ階段だ。追いついてくるんだぞ、ルル。ファビーもよろしくな」

「チュッ!」

「チチチ」

(任せておきなさい。せっかくの資材です。大事に使わないといけません)


 ファビーたちは併走しながら、風の魔法を使って魔石を巻き上げた。



 途中でヴェルデがまた戻ってきて、前方を進む学生らを乗せていった。次に来た時はペグが一緒だった。怪我人が減ったようだ。リルだけで対応できると判断したらしい。

 ペグは二階層の魔物を全滅させる勢いで走り回った。取り残された学生がいないかも見てくれているようだ。

 一通り確認したあとに、中間組で残っていた学生たちを順次運び始めた。

 シロイとヴィルフリートは最後だ。

 一階層への階段に着いたところで、ファビーが飛んできた。ルルを乗せている。


(幻獣の上に幻獣です。どうです、可愛いでしょう?)

「チュチュチュ」


 ルルもどことなく自慢げだ。ポーズを取っているように見えて、シロイは笑った。ヴィルフリートもだ。


「可愛いよ。ルルもファビーも頑張ったね。ありがとう」

「いろいろ言いたいことはあるが、まずは礼を言おう。ファビー、ありがとう。ルルも頑張ったな」

「チュッ」


 人差し指で頭を撫でられたルルは目を瞑って嬉しそうだった。

 シロイも思わずファビーに手を伸ばした。彼は黙って撫でさせてくれた。


「えへへ」

(やれやれ。僕はとうとう愛玩動物にもなってしまいましたね)

「そうだね。相談に乗ってくれるし、知識は豊富で魔法も使える幻獣なのに、更に可愛いなんて最高の相棒だよ」

(おや)


 澄まし顔を保ちつつも、尻尾が揺れている。

 ファビーは依代になっていた時のことを覚えているようだった。しかも知識を流し込まれている。

 もしかしたら、師匠がシロイの父親になった時の感情も宿っているのではないだろうか。

 シロイを見る目が友達というよりは、まるで親のようだ。

 師匠が「お父様だよ」と言った時に見せた表情と同じだった。

 でも、おそらく彼は口にしない。シロイには分かる。父親の領分は師匠にだけあるのだと、思っている気がした。


「ファビー。これからも、よろしくね」

(もちろんです)

「大事な相棒にも、楽しみができますように」

(どうしたんです?)

「わたしに、人生を楽しみましょうと言ったでしょう? ただ勉強するだけの日々じゃだめだと教えてくれたのはファビーだよ。だから、ファビーにも楽しみがあってほしい。師匠に託された『守り導く』役目だけで生きてほしくないの」

(シロイ、あなた……)


 師匠が異世界へ転生する前に生きていたのは二百年ぐらい前のことだ。

 その時に創られたファビーは、ただひたすらシロイが目覚めるのを待った。待ち続けた。

 そして、目覚めたシロイを守ろうと苦心している。


「ファビーが楽しいと、わたしも楽しいの」

(……ええ、そうですね。僕も同じです。シロイが楽しいと、嬉しくなります)


 ファビーはかりかりと前脚で頬を掻くと、尻尾を振って「嬉しい」とシロイに教えてくれた。


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