第21話 お隣にクッキー、休憩と昼食、学校の話
二人が驚いたのは、付与術の正確さと速さについてだった。完璧な形の魔法陣を素早く編み上げて付与するというのは、シロイが思う以上に難しいようだ。
しかも、その場で思い付いた魔法陣だと知って口をあんぐり開ける。
ただ、次のお客さんが来てしまったため話はそこで終わった。
シロイたちはお昼過ぎまで休みなく接客を続けた。
落ち着いたのは皆が昼食を食べに行ったからだ。
隣の出店の人が「次に混むのは午後の半ばからになる。休憩しておきな」と親切に教えてくれた。シロイはどきどきしながら彼にお礼を言って、ついでにクッキーを渡した。
「おっ、木の実入りクックーか。美味そうだ。ありがとよ」
引っ越しの時にもファビーが「お隣さんには挨拶に行った方がいいです、ついでにお菓子の詰め合わせを持参するのが良いと本に書いてありました」と言っていた。今回も用意はしておいた方がいいだろうと昨日のうちにせっせと作っていたのだ。
ついでに反対隣の人にも渡す。彼にも設営時に細かなルールを教えられた。商業ギルドの案内には書いていなかった内容だ。たとえば荷車に座って休憩してもいい、などである。他にも日差しや暑さ対策にパラソルを持参してもいいらしい。ちゃんとした屋根付きテーブルやテントを設置するとなると別料金がかかることも教わった。
どちらの出店も工芸品を売っている。それぞれ食器関係と小さめの家具だ。その間にシロイが入った。
「俺にもくれるのか。おやつにいただくよ。妻がクッキー好きなんだ」
「あ、じゃあ、これ」
「いやいや、催促したわけじゃない。俺はあんまり甘いのは食べないからさ」
「あの、いっぱい作ってきたから」
「そうかい。よし、じゃあ、この皿をやろう」
そう言って売り物の小さなお皿を押し付けてくる。シロイが困っていると、売り上げの勘定をしていたヴィルフリートが「もらっておけばいい」と言う。
「そうそう、これも縁だ。大市の醍醐味でもあるのさ。実際、あんたらの店が繁盛したおかげで、二人ほど流れで買ってくれたんだ」
「そうなんだ……。あの、ありがとう」
「いいってことよ。そうだ、食後でいいんだけどよ、あんたらの商品をあとで見せてくれよ。さっきの客がしきりに褒めてたもんで気になってな」
「あ、うん」
「こっちは昼食に行ってくるわ。店に布を被せていくから気にしないでくれ」
そう言うと、おじさんは一人で店を離れていった。反対隣の男性もだ。こちらも布を掛けている。
「こんな風に席を外すんだね」
「残ってる人もいるからだろうな。それぞれ交代で見張ってるようなもんじゃないか。ほら、向かいの出店の男に挨拶してる」
「ほんとだ」
「シロイも常連になれば気軽に休憩が取れるようになるだろ。っと、昼食はどうする?」
「あ、お弁当を持ってきたの」
「そうか。俺たちは買ってくるか」
「先にシロイの休憩だろ。一度も取ってなくないか」
とは、手洗いのことだろう。水分を取っていなかったのでまだ大丈夫だが、確かに今のうちに行っておくべきだ。その前に、シロイは二人に言っておきたいことがあった。
「お弁当、いっぱいあるから、あの」
「えっ、ご相伴に与っていいのか?」
「おい、アルベルト」
「そういう意味だよね?」
「うん」
「ほらぁ」
「……本当にいいのか? 俺はともかく、アルベルトの分まで足りるか?」
「なんでお前は良くて俺がだめなの」
「俺は最初から手伝いに行くと話してあった」
二人が言い合いを始めたのでシロイは急いで止めた。
「どれだけ食べるか分からなかったし、お隣の人の分もいるかなって思って作りすぎたの」
「おっ」
「そうだったのか」
「えっと、その前にお手洗いに行ってもいい?」
「いいとも」
「シロイ、小さい子供とはいえ女の子がそんな言葉を使うもんじゃない」
「え?」
「ヴィリは細かいなぁ。シロイ、行っておいで。急がなくていいからね」
「う、うん。ありがと」
シロイはファビーを抱き上げると、走った。背後で「走ると危ないぞ」と声が掛かる。すぐに「ヴィリ、小煩い」と続いて、シロイはふふっと小さく笑った。
戻ってから、テーブルに「休憩中」の札を出して昼食を摂った。シロイは荷車に座り、ヴィルフリートとアルベルトは椅子に座る。足りない椅子はお隣から借りた。もし戻ってきたら立って食べるとアルベルトが言って、シロイはびっくりだ。何故かヴィルフリートは注意しなかった。もしかしたら魔法学校では普通のことなのかもしれない。
お弁当は食べやすいようにとサンドイッチにした。具材を工夫したので肉も魚も野菜も採れる。
「美味っ! これ白魚のフライか。さくさくしてるね。えー、時間経ってるのにすごい。白いソースも美味しいよ」
「良かったぁ」
「ハムとキュウリのサンドイッチがこんなに美味しいとは思わなかった。辛子も塗ってあるのか」
「うん」
「こっち、これなに。豚の揚げ物?」
「肉ばかり取るな。野菜のサンドイッチも食べろ」
「全部に入ってるって。ほら、人参がいっぱい」
「人参か……」
「ヴィリの嫌いな野菜だな」
「そんなことはない」
「ほほう?」
やいのやいのと言いながらも、二人は全種類を食べた。人参が嫌いらしいヴィルフリートもだ。意外といけたらしく、シロイに「思ったより美味しかった」と感想をくれた。
ファビーはなんでも食べられるけれど、人目を気にしてか茹でた鶏肉だけを口にしている。可哀想なので先に果物を出しておく。
「デザートもあるなんて最高。手伝いにきて得したな。寮の食堂、いまいちなんだよ」
「学食はそこそこいけるのにな」
「偉い人が通うところなんだよね?」
「偉いって、別に魔法使いは偉くないんじゃないか。なぁ、ヴィリ」
「いや、シロイは貴族を偉いと思っているんだ。確かに魔法学校に通う学生は貴族出が多い。でも玉石混淆だ。平民もいるしな」
「そうそう。それに、厳密に言えば俺たちは貴族の子弟という身分だな。だから学校側も『身分は関係ない』と謳っているのさ。その割に寮の食事の予算が削られるのだから矛盾してる」
「その説明だとシロイには分からないだろ。あのな、寮に入るのはほとんどが子爵以下の貴族や平民ばかりなんだ。多少不味くとも文句は言わない」
「言えない、だろ」
昼食が出る学校側の食堂では予算の配分が多い。偉い貴族も食べるからだ。
シロイは耳がぺしょっと垂れるのを感じた。
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