第22話 偉い人、昼食、隣の出店の人たち




 学校は怖いところだ。シロイには関係ないけれど、近付くのは止めようと思った。

 ヴィルフリートが普通に接してくれるから忘れていたが、そもそも彼は偉い人だった。

 そこでシロイは気付いた。


「もしかしてアルベルトも偉い人?」

「ぶはっ、いや、俺は偉くない」

「アルベルトはマイシュベルガー公爵家だぞ。俺より身分は上だ」

「残念でしたー。俺は後妻の子で三男だから継げる爵位はない」

「後妻で三男でも可愛がられてるじゃないか。兄二人があんな状態だ、爵位がなくても問題ないだろ。というか、爵位の一つや二つ、公爵家なら余っているだろうに」

「いらねー」


 笑いながら答えるアルベルトはどう見ても偉い人に見えない。シロイは安心した。

 どうしても、偉い人は強い、そして強い人は弱い人を簡単に傷付けるという構図が頭から消えない。

 師匠に拾われて五年、時代で言えば三千年も経っているというのにシロイはいまだに強者の行いが忘れられなかった。当時も師匠がなんとかしてくれたし、転生するごとに種族や社会の仕組みごと変えていってくれたというのにだ。


 シロイは深呼吸して気持ちを落ち着けた。

 大丈夫。今のシロイは自由だ。自由に生きていい。

 王や貴族という身分制度はあるけれど、あくまでもマナーとして従えばいいだけ。シロイは貴族じゃないからいざとなれば逃げたっていいのだ。ファビーが教えてくれた。

 ちなみにファビーはこうも言った。

 ――師匠が山ほど残した魔道具があれば世界征服も夢ではありません。シロイが強者になってもいいのですよ。もちろん、あなたはやらないのでしょうが、それだけの力はあるということです。

 だから安心していいのだと言いたかったようだ。シロイは驚いて何度も首を横に振った。


 考え込んでいたシロイに、アルベルトが「そういえば」と声を掛けた。


「シロイの付与術、本当にすごかったよ。あんなに完璧な魔法陣は見たことがない」

「確かにな。付与も綺麗だった。普通はずれるんだ。あれだけ見事な縮小は俺も知らない」

「あ、えっと、ありがと」


 照れ臭くて頭を掻く。しかし二人の褒め言葉はまだ続いた。


「その場で編んだんだよな。設計図は元からあったのか?」

「元々あった図案に、今回の小さな修正箇所を差し込んだんだよ」

「へぇぇ。なぁ、ヴィリ、教師でもここまでできる人いないだろ」

「いないな。研究者レベルだ」

「すげぇ。なんで魔法学校に通ってないんだよ~」

「年齢が足りないからだろ」

「いや、そういう意味じゃねぇわ。てか、こんな天才が市井に埋もれてんのかぁ」

「うるさい」


 また二人でわいわい騒ぎ始めた。

 幸い、隣の店の人たちが戻ってきたので話はそこで終わった。借りた椅子はお礼を言って返した。全く怒られず、むしろ「まだ休憩してていいぞ」と言ってくれる。

 その間に、アイテムカードのことを聞かれた。

 ヴィルフリートが立とうとしたが、シロイは「わたしの仕事だから」と断る。

 午前中、彼の接客を見て学ぶ部分は多かった。同じようにはできなくても、勉強の成果を見せたい。

 それにクッキーを渡せたことで少しだけ彼等と親しくなれたような気がしていた。

 今なら接客もできそうだ。

 シロイは両手に力を込めてテーブルの前に立った。


 途中、ファビーの念話による助けもあったけれど、無事にお隣さんたちに説明が出来た。

 しかもお買い上げだ。食器類を売る男性は室内光源の小と中を買ってくれた。作業場にも灯りはあるけれど、ちょっとだけ明るくして確認したい時にこれまでは外に出ていたそうだ。それが面倒だったらしい。

 家具を売る男性は乾燥のアイテムを選んだ。木材を乾燥させるという。木材の大きさやを聞いて、シロイは強のレベルを勧めた。

 使い方を指南し、おまけで魔力練習用のカードを付ける。

 二人共「いいのか?」と困惑げだったけれど、押し切った。


 最後に、ヴィルフリートが彼等に説明を付け足した。


「それ、十回使用と書いてあるが、実際には二十回以上は使えるからな。もったいないんで最後まで使ってみてくれ」

「えぇ、そうなのか?」

「ちょっと待ってくれよ。それなのにこの値段? 安すぎるだろ」

「有り得ない。てっきり十回は大袈裟に言ってると思ってたんだ。それぐらい安い」

「その文句は店主にどうぞ。俺は売り子なんだ」

「はっ?」

「どういうことだ?」

「店主は彼女だ。俺も値付けには文句がある。シロイ、大市では目玉商品を作ってもいいから、店のアイテムは値上げしてくれ」


 三人の目がシロイに集中する。隣ではにこにこ顔のアルベルトが無言で立っていた。助けてくれそうにない。

 ファビーも荷車に逃げた。


「あ、あの、えっと」


 シロイはどう答えていいのか分からず、曖昧に何度も頷いた。

 ヴィルフリートは呆れ顔で、アルベルトは「ははっ」と笑ってシロイを見ている。

 おじさんたちはなんとなく事情を察したようだった。


「見た目通りの子供なんだなぁ。珍しそうな獣人族だから、ひょっとすると成人してるかと思ったが」

「子供なら値付けなんて分からんよな。商業ギルドに助っ人を頼んだ方がいいんじゃないか。悪い大人に食い物にされるかもしれん。こうして関わった以上は気になるしな」

「そうだな。もうすぐ嫁が来る。留守を任せられるから、俺が説明してくるわ」


 シロイが戸惑っていると、ヴィルフリートが手を挙げた。


「俺はシロイの友人だ。関係者として立ち会わせてもらうぞ」

「そらそうだ。あんたもついでに商売の話を聞いておくといい。将来なにをやるにしても、覚えておいて損はねぇよ」


 大人二人の親切に、シロイはただ黙って頭を下げた。


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