第20話 呼び込むためのポップと人、売れ筋、足りない紙袋




 テーブルの上にあるのは、人々が生活する上で役立ちそうだと思ったアイテムばかりだ。シロイは分類ごとに分けていた。たとえば台所関係、掃除関係などである。

 ヴィルフリートはそれを値段ごとに並び替えた。

 理由は「大市は安いもの、目玉商品、掘り出し物を探しに来る場所だから」だ。

 値切られる場合を想定して価格設定しておく必要もある。

 そのため、興味を引きそうな値段表示や、アイテム自体を目立つようにしておかねばならない。

 ヴィルフリートの説明にシロイは納得した。


「変わったアイテムや高めの品は後ろに下げておくんだ。まずは客に来てもらう必要があるからな。最初は値段で勝負しよう。呼び込み用の広告紙も必要だ。持ってきているか?」

「紙ならあるよ。時間があれば魔法陣を書こうと思ってたから」

「魔法陣用の紙か。もったいないな」

「普通の紙を強化しただけで、ちょっとだけ手間が掛かったくらいだよ」


 師匠の隠れ家には大量の未使用紙も残っていた。保管魔法が掛かったものだ。保管庫の中には上質紙もある。もっとも、ファビーが「今の時代には流通していない素材かもしれません」と言うので、お店で使う紙は王都で購入した。

 思ったより質は悪かったけれど、それは師匠が作ったものと比べるからだ。

 質が多少悪くとも精製し直せば問題はない。これも魔法陣がある。精製のアイテムを作るぐらい、シロイにはわけない。


「これでいい?」

「ああ。ペンとインクは持ってきた。これに大きな字で派手に書けばいいだろう」


 中腰で書こうとするから、シロイは椅子を譲った。ファビーは荷物置きにもしている荷車に移動する。そこにはお弁当もあった。人が多いから保管庫を使えないと思い、たくさんの荷物を持ってきた。クッションもある。休憩用だ。

 シロイは荷車をテーブル近くまで移動させてクッションを敷き、そこに座った。そしてヴィルフリートの手元を覗き込んだ。

 アルベルトもテーブルの向こう側から見ている。


「おー、色インクだと派手になるな。いいぞ。湯沸かしは冒険者向けだろ。加温は俺たちみたいな寮生に向いてるんじゃないか。貴族家でも重宝しそうだ。大きな屋敷ほど厨房や簡易台所が遠いものな」

「だろ。風や火も冒険者向けだが、冷却なんかは貴族や商人が欲しがる」

「光源シリーズもいい」

「そっちは別にしよう。特に光源室内と光源室外じゃ用途が違うだろ。あと目玉商品は冷凍にするか」

「冷凍が?」

「今年も夏が早いかもしれないだろ。去年の演習でも森が暑かった。あの時、アーロンが果物を冷凍して持ってきてたじゃないか」

「ああ! 少しだけ分けてもらったな。あまりに美味しくて、氷魔法を使える奴が人気者になったっけ」

「でも魔力がもたなかった」

「そうだった……」

「そこで、冷凍のアイテムだ」

「よし、買う」

「違う、売るんだよ。ほら、呼び込みしてくれ。広告の準備はできた」


 二人のやる気にシロイはただただ呆然と眺めた。



 アルベルトは明るい。声も大きくて元気だ。笑み顔で優しげにも見える。だからだろう、彼の呼び込みであっという間に人が集まった。

 対して、ヴィルフリートには笑みが見えない。けれど真剣に語る様子が「真っ当な品を売っている」という安心感に繋がるようだ。

 集まる人の半数が若い女性で、アルベルト個人に興味を持つだけだったが、残りは魔法のアイテムに興味のある人だった。彼等はヴィルフリートの説明を聞いて納得し、商品を買ってくれた。

 シロイはヴィルフリートの横でアイテムを紙袋に入れていく。ヴィルフリートは交渉だけでなく、お金のやり取りも買って出てくれた。なんでも、数を誤魔化す悪い人がいるらしい。

 確かに、接客であわあわしているシロイなら騙されそうだ。


「あの、ありがとう」

「お嬢ちゃん、頑張ってるねぇ。お手伝いかい。いやぁ、いい買い物をしたよ」

「こっちも包んでおくれよ」

「は、はい!」

「湯沸かしが十回以上使えるなら安いもんさね」


 シロイは女性に曖昧な笑みで答え、紙袋に入れた。表には店の名前と住所が書いてある。自分で判子を作って押した。宣伝になるかと思ってだ。

 ところが、どんどん紙袋が減っていく。商品が売れるからだ。判子は家に置いてきてしまった。紙袋だけは予備として多めに持ってきていたので使えるけれど、せっかくだから住所を記した紙袋で商品を渡したい。

 ちょうど人の流れが途切れたところで、シロイはヴィルフリートに頼んだ。


「これ、宣伝になると思って判子を押してたんだけど」

「そうそう、よく考えたよな」

「もうなくなりそうなの」

「なんだと。見通しが甘いぞ」

「う、うん。それで、荷車のところで作業してもいい?」


 シロイは申し訳ない気持ちで上目遣いになった。

 しかし、ヴィルフリートは「構わない。むしろ、早く作るんだ」と後押しする。

 シロイは胸を撫で下ろし、その場に紙やインクといった作業に必要な道具を取り出した。これはリュックに入れてあった。


「荷車で作業できるのか? テーブルなら端が空いているぞ」

「どうしたんだ、ヴィリ。シロイもそっちを向いてなにを――」


 二人の声は聞こえていたけれど、シロイは魔法陣を紙に付与するため集中していた。

 金色に光る小さな魔法陣がアイテムカードに、まるで焼かれているかのように光の線が写される。簡単な魔法陣とはいえ、手の平よりも大きいサイズだ。それがカードサイズまで縮小された。

 シロイが作ったのは複写のアイテムである。あっという間に出来上がった。

 それを手に、見本となる印刷された紙と、荷車に置いた紙袋の束に向けて魔法を発動する。


「複写元で一、二。次は紙をばらばらにしてと」


 複写のアイテムカードは翳したまま、紙袋を捲っていく。アイテムの魔法が発動しっぱなしになる。

 数分で、持ってきていた紙袋全部に文字が複写された。

 ほっとしてシロイが振り返ると、ヴィルフリートとアルベルトがぽかんとしていた。そこでようやく二人に見られていたのだとシロイは知った。


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