第2話 師匠を追いかける、魔法使いや魔法について




 シロイが目覚めるのを待って転生を繰り返した師匠は「この世界に飽きた」という理由で異世界に行ってしまった。

 残していくシロイのために、わざわざ魔法生物を創ってまでだ。


「努力の方向が違うよね」

(普通の生き物には長期スリープモードがありませんからねぇ。魔法生物である僕にはある機能です。その技術を長期睡眠魔道具に応用できなかったのだから不思議な話だと思いませんか)

「わたしが中に入っていたからだよね? やだよ、入ったまま修理されるの」


 シロイが顔を顰めると、ファビーはふふっと笑った。シロイが起きて早々にそんな冗談を口にしたのはファビーだ。あの時もシロイはぞっとして顔を顰めた。

 冗談交じりの説明を聞きながら「さすが師匠が創っただけあるな」と思った。ファビーは名前からも師匠に似ていた。師匠にはファビルという名前があったけれど思い入れはないようだった。そもそも名前にこだわりがなかった気がする。シロイは一応名前を付けてもらったものの、ほとんど「おチビ」と呼ばれていた。おそらく、ファビーの名付けも適当だったのだろう。教育したのも師匠だから性格もどこか似ている。

 そのため、ファビーに言われると従おうという気持ちになった。

 実際、彼はシロイの生活支援をするために創られた。

 他人の目を恐れるシロイが人の多い王都に引っ越してきた理由も、師匠の伝言にある。


「世界が変わったのだから人の中で生活する、だよね。師匠の指示は守る。でも、わたしは魔法をもっと勉強して師匠を追いかけるんだ。そのために王都に来たんだもんね」

(ええ。頑張りましょう)


 師匠の残した転生魔法に関する資料はシロイが読み解くには難しすぎた。そもそも寿命を全うせずに使用することは禁止されている。

 逆に言えば、死ぬまでに覚えればいい。

 それならできるかもしれないと、まずは魔法の基礎が学べるであろう国の王都に引っ越してきた。

 期せずして再出発となったシロイが決めた目標だった。



 * * *



 フォルバッハ王国は大陸のほぼ中央に位置する多民族国家だという。他国からの移住者が多いらしい。人が集まるのは魔法技術が発達しているからだと言われている。そのため、王都ともなると魔法使いを見掛けない日がない。

 魔法使いを見分けるのは簡単だ。彼等は濃い色のローブを好んで着る。他にも杖などの補助具を身に着けていた。流行りもあるらしいが、最近の若者は短杖を持つようだ。

 お年を召した貴族でもないのに指輪や腕輪をジャラジャラ着けている場合も魔法使いとみていい。


「そんなにいっぱいだと邪魔にならないかな」

(自前の魔力だけでは魔法を行使できないのでしょう。昔より魔法技術が退行しているようです)


 白貂に似た姿のファビーは蝶ネクタイを着けているが、ぱっと見る限りは「よく躾されたペット」にしか見えない。

 もし彼が外でも二本足で立ち、念話ができると知られたら幻獣だと思われただろう。

 幻獣とは魔法使いたちが挙って召喚したがる「魔法を使える」生き物のことだ。主に仕事の相棒として、また守護の役目を任せる。

 学校に通っていない子供のシロイが、幻獣を持っていれば奇異の目で見られる。だから商業ギルドや近所の人にはペットだと説明していた。中には「親の幻獣をもらったのかい」と言う人もいたので曖昧に笑って誤魔化している。


「本当に昔よりも退行してるの」

(僕の情報収集能力をお疑いですか?)

「だって、王都はすごいんだもん」


 窓の外を見れば紺色のローブを羽織った若者たちが歩いている。彼等は指輪を何個も着けていた。そのうちの一人が短杖を手に、頭上でくるくると動かす。


(ほら、ご覧なさい。魔法陣を描いているようですが下手すぎて跡にも残らない」

「今の時代だって形になれば浮かび上がるよね?」

(ええ。術式の陣は必ず金色で浮かび上がります)


 魔力には色がない。しかし、魔法や魔術に変換する際にほんの少しの時間、光る。その煌めきが人には金色に見えた。


「師匠は魔力についても研究してたっけ。枯渇したら怖いんだよって何度も注意してた。なのに師匠はいっぱい魔法を使ってたんだよね」

(魔力を一番使用したのは初回の転生魔法らしいです。危機感を抱いて、二回目を発動させるまでに魔力の源がなにか、枯渇させない方法も調べたのだとか。さすがは僕の創造者です)


 何故か自慢げに語る。師匠の手で創られたファビーは、子供と言ってもいいだろうか。シロイはそれが羨ましい。師匠が本当の家族だったら良かったのにと、幼い頃は何度も考えた。十歳になっても成長しない。

 シロイはつい後ろ向きになる自分の性格が嫌いだ。

 今の時代には実母のように・・・・・・怖い人はいない。大丈夫。師匠が何度も転生して世界の仕組みを変えてくれた。


 シロイは頭を振った。


「えっと、空気中に存在する魔力の源を、生物が取り込んで体内で変換して使うんだよね」

(そうです)

「魔力を溜める器は人によって違うし、変換するにも上手い下手がある」

(よく覚えましたね。巧拙は人それぞれ。先ほどの若者のように簡単な魔法陣でさえ描けない者もいます。努力すれば上達はするでしょうが、魔法は芸術と似ていてセンスが必要です)

「……その感覚を養うためにも王都で過ごすことが大事なんだよね? 分かってるよ。わたしは魔法が下手だし、得意だって言えるのは付与術ぐらいだもん」


 魔力を魔法に変換はできるのだ。しかし、発動するのに必要な発想力や強固な思考がシロイにはない。

 ようは、魔法が不発になったり、思った通りの形で発動しなかったりするのだ。

 師匠は「咄嗟に判断する冷静さがないんだね」と分析していた。

 しかし、彼はこうも言った。


「あらかじめ分かっている魔術式を物に付与する能力はあるね」


 だから、王都ではアイテム師として生計を立てるつもりだ。できないことより、できることで生きていく。

 王都の端の裏通りに面した小さな家は、シロイの住処であり店舗でもあった。


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