未来エスカレーター

流山忠勝

未来へ

案内人は今日もエスカレーターの前に陣取っている。とは言っても、エスカレーターと案内人の間には、特殊製造の透明なガラスの壁が挟まっており、案内人からチケットをもらわなければ、そのガラスの壁を通ることは不可能だ。

案内人は現在、オフィスチェアに腰を掛け、ロングテーブル上に置いてあるチケットボックスから、チケットを取り出していた。


この特別なエスカレーターには、未来がある。


「いらっしゃいませー」

だから、今日も案内人の前にならぶ長蛇の列は絶えることがない。少しでも、可能性を高めるために、確実なチケットを手に入れるために、次の世代へとつなぐために、多くの人々が朝から並んでいる。


毎日、毎日、決まった時間に開放し、チケットを売買して、エスカレーターに乗る。


次の客は、男性一人と男の子。間違いなく親子だろう。


「いらしゃいませー、どこまでのチケットをお求めでしょうかー?」

「中学受験、大学付属推薦、大手商社内定経由のチケットを一枚で、あと、親孝行・介護のサービスもお願いします」

「かしこまりましたー!お会計3300万円です!」


男性はクレジットカードで一括払いし、案内人からチケットを受け取ると、横にいた男の子に手渡し、「さあ、早く行きなさい。取り返しがつかなくなるよ」と言って、エスカレーターへの移動を促した。


親たちは、できるだけ確実なチケットを買い求め、子に「外れないでくれ」と祈りを込める。この男も、またその一人であった。


少年は何も言わず、たんたんとエスカレーターへ向かっていった。ガラスの壁は快く彼を迎え入れた。


次の客は、女性一人と女の子一人。この二人も親子なのだろう。女性の方は重そうな黒バッグを持っている。

「いらっしゃませー。どこまでのチケットをお求めでしょうかー?」

「すみません。この子バレーボールが好きでして、バレーボール選手専用のチケットはありますか?」

「なるほど、バレーボールですね!でしたらこの「強豪高校、大学スポーツ推薦、選手及び代表経由」のチケットはいかがでしょう?」

「いいですね!ではそれを!」

「かしこまりましたー!お会計1億円となります!」


女性は黒バックを案内人の前で開け「1億2000万あるわ。エースの座も追加で」と言い、案内人はこれを了承すると、チケットを女性に渡した。女性は自分の娘である女の子に、そのチケットを渡した。


「よかったねぇ。努力してこんなに早く来れて。さあ、行ってらっしゃい」

女の子はその言葉を聞くと、「うん!」と元気良く頷き、エスカレーターに向かっていった。ガラスの壁は彼女を迎え入れ、新たな先を開かせた。


その後も、案内人の作業は続いていった。

「宇宙飛行士経由」「医師経由」「画家経由」「サッカー選手経由」「売れっ子ユーチューバー経由」「天才博士経由」「IT社長経由」と、多くのコースチケットを客たちに売っていった。


しかし、チケットにも枚数制限なるものがある。

やがて、チケットの売り切れはどんどん増えていき、最もよく似ているチケットや、別の分野チケットを販売するしかなくなっていった。


しばらくして、母親と息子と思われる親子の順番となった。

「いらっしゃいませー」

「あの、すみません。まだ、バレーボール選手のチケット余っていますでしょうか?」

「…申し訳ございませんお客様。つい先ほど最後のチケットが売り切れたところです。一応「強豪高校、一般大学、中小繊維企業就職コース」のチケットならありますが。いいかがでしょう?可能性はかなり低くはなりますが、バレー選手にもなれなくはありません…ほぼ、ゼロですが」


母親と思われる女性は顔を一瞬曇らせたが、息子と思われる男の子を一瞥すると、「分かりました。それで」と目を瞑りながら呟いた。


「かしこまりましたー!お会計1200万円です。」


「…お母さん?バレーボール選手のチケットは?」

「ごめんね。もうないみたいなの。だから、せめて最低限のものを…」

「ヤダ!僕、バレーの選手がいい!それ以外なんてヤダ!」

「…諦めなさい」

「嫌だ!絶対にヤダ!」

「なんで言うことが聞けないの?」

「嫌だぁぁああ!!!」


男の子は天にも届かんばかりの勢いで泣き出した。それを見かねたのか、案内人は全く気にしていなさそうな表情で、男の子にチケットを差し出した。


「はい、どうぞ!あなたのチケットですよ」

「っ!い、嫌だぁぁぁああ!」

「おやおや、困りましたね。運命は一度払われたら、二度と覆されないんですよー」


案内人はそう言うと、男の手にチケットを力づくで握らせ、悲鳴を無視し、彼の首をもう片方でつかむと、「せーの」でガラスの壁へと彼を投げ飛ばした。

彼は叫び続けたまま、壁の中にへと入っていき、しばらくの間はずっと泣いて動けていなかったが、数時間後には渋々エスカレーターへと向かっていった。




「ふぅ、これで今日の分はもうなさそうですね」


案内人の列にはもう誰も並んでいない。今日の仕事は終わったようだ。さて、明日の準備でも取り掛かろう…そうしようとした時だった。ふと、目にあるものが落ちているのが確認される。


「ん?これは…あら、まだチケットが一枚ありますね。ですが、大半の皆様はもうお子様方にお渡しになっているはずですし_」

「あーーー!あったーー!」


その時である。少し遠くから、1つの大きな声が聞こえて来た。その声の方を向いてみると、そこには鼻に絆創膏をつけた1人の少年が立っていた。

「 なあなあ、漫画家のチケットってまだあるか?俺、漫画家志望なんだ!」


案内人は チケットを見てみる。ちょうどそのチケットは漫画家経由のものであった。


「いらっしゃいませ。漫画家のチケットですね。お会計は100万円です。」

「ん?安くない?かあちゃんは数千万円以上するって言ってたけど」

「チケットの中には、後々になって突如として価値が上がるものもございます。漫画家は不確定要素が大変多く、その可能性を持つチケットの一つです。それでも、やっぱり売れっ子の方が可能性は高くなりますし、安全ではありますけどね。ところで、保護者様の方は…」

「あー、母ちゃんたちなら置いてきた。だって俺が漫画家になるって事に反対しているんだもん。俺やっぱり、なりたいもんになりたいんだ。お金はあるよ。 死んだ親父が残してくれたんだ。はい、カード!」

「…そうですか。では、お金の方は払えるのですね。ですが、よくここまでこれましたね。行動するだけでも、そして、ここまで辿り着くまでにも、相当な道のりだったはずですが…」

「そうだけど、なんとかなったよ!どうしても、諦められなかったんだ!あの、注意したりはしないの?お断りとか…」

「いえいえ、私はあくまであなたのような人をエスカレーターにご案内するため、チケットを売買するのがお仕事ですから。個人的な事情まで首を突っ込む気はありませんよ」

「そっか。なら、ありがとう!」

「いえいえ」


案内人は改めてカードを受け取ると、カードを読み取り、たしかに料金を受け取った。

「…ですが、よろしいのですか?漫画家はかなりの異端の道です。売れっ子漫画のチケットを手にしていないあなたは、その道に、あのエスカレーターに、本当に乗れるのですか?」


「え?そんなのやってみないと分からないじゃん!それに、面白い人生じゃなきゃつまらないよ!」


その顔には一切の曇りはなく、澄んだ笑顔が張り付いていた。

男の子はそう言いながらチケットを受け取ると、一目散にエスカレーターの方へと駆け出して行った。

その背を、案内人は不思議なことに、誰にも言われていないのにも関わらず、自然と祈りを込めながら見守っていた。


「…素敵な未来があるといいですね」

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