第11話 サヨリの漬け丼とすまし汁

 大満足のサヨリ釣りを終え、入江さんと再び俺の家に帰ってきた。


「湊くんお腹すいたー!」


 大げさにお腹をさする様子が子どもみたいである。


「はいはい、すぐにお作りしますよお嬢さん」


「良いぞ良いぞ。して、本日の献立を聞いておこうかな?」


「大きいサヨリは刺身を取ってサヨリの漬け丼に。小さいものはすまし汁にしようと思います」


「おぉ、ゴージャス!魚を捌く以外で私に手伝える事はあるかな?」


また魚の捌き方は今度レクチャーせねばな。


「入江さんはお米を研いで炊飯器に仕掛けて貰えますか?」


「ぶ、ラジャー!」


入江さんの中身おっさん説再浮上。


「実は今ちょっと悩み事が発生してしまいまして」


「おや?湊くんが悩み事とは珍しいね。お姉さんに言ってごらん? あ、えっちなのはダメだよ?まだ」


 入江さんは控えめな胸を叩いて任せなさいポーズを見せてくる。「まだ」って何だよ。


「漬け丼のご飯を酢飯にするか、白飯にするか問題が発生したんです」


「悩みの内容が斜め上過ぎて草。てっきり部屋に連れ込んだ年上のお姉さんにどうアプローチしていいか分かんなくて悩んでいたのかと思ってたわ」


「酢飯の方が暑い最中なのでサッパリと食べられそうな気がしますし、白ご飯は白ご飯でサヨリの味がブレずに楽しめそうな気もします」


 不意に入江さんの人差し指が俺の頬をツンツンしてくる。


「バカだなぁ!湊くんはそんな事に悩んでさー!そんなもん答えは一つしかないじゃん!」


にぱっと悪戯小僧のように笑う入江さん。


「どっちが良いですか?」


俺は戸惑いながらも訊いてみる。


入江さん 曰く


「悩むなら 両方作ろう ホトトギス」


名言風来ました。


「湊くん、人生って白か黒かー?みたいな二者択一じゃあないでしょ?最大限に幸せをデカ盛りする事考えた方が楽しいよ⭐︎」


「私は両方食べられて幸せ。湊くんは美味しそうに食べる私を見て幸せ……だったらいいな」


面白い。入江さんってこんな人だったのか。


「面白いお姉さんですね入江さんは。えっと、要約すると二杯食わせろで合ってますか?」


「合ってます!ご飯炊けたら酢合わせは任して!学生の頃寿司屋でバイトしてたからシャリは得意よ?」


 ワイワイ言いながら食事作りはとても楽しい。

 この家でこんなに笑った事無かったなぁ。


「入江さん、ついでにもう一つお願い。シンクの下に昆布と鰹節あるので、すまし汁用の出汁取っといてください」


「OK牧場!一人暮らしの男子の家に昆布がある事に感動を覚えました」


 入江さんは慣れた手つきで昆布に切り込みを入れ、鰹節と合わせて黄金色の合わせ出汁を抽出した。

魚を捌く以外の入江さんはとても頼もしい。


 俺も醤油、酒、みりんを合わせて漬けダレを作り、取った刺身を片端から漬けていく。使う醤油はうどん県の至宝である鎌田醤油だ。


 漬け込みが終わった頃に、ご飯も炊け、すまし汁も完成した。


「お、炊けたね。サッと酢合わせするから、湊くんはパタパタお願いできるかな?」


「OK 俺に任せたまへ」


 団扇でシャリをパタパタ仰ぐ。

 そう言えばオカンもバラ寿司作る時によく仰いでたっけ。


 仰いでいるうちに心なしかシャリも輝いて来たような気がする。


「よーし!盛り付けよっ!」


 二人の前には白ご飯とシャリの漬け丼が並んだ。米&米。なかなかシュールな光景である。


 漬け丼には胡麻、刻み海苔、おろし生姜をトッピングして完成だ。


 冷やしてあったグラスとノンアルコールビールを出して来て注ぐ。


「入江さん今日はクルマだからね。ノンアルで我慢して下さい」


「ん、ありがと。次は本物のビール飲みましょうね」


次の釣り&食事会も決定事項らしい。


「じゃあ、入江さんの新しい竿の初釣果に」

「サヨリの大漁を祝って」


「「乾杯!」」


一気にグラスを呷る。

ほてった身体に麦とホップの苦味が心地よい。


「「いただきます!!!」」


 肉厚のサヨリの漬けと、タレが染み込んでもまだ湯気の立つご飯を一緒に頬張る。


 胡麻と海苔の香りが良いアクセントとなり、おろし生姜の爽やかな風味が甘めに作った漬けダレのしつこさを消してくれる。


「ん〜〜!たまんない!」


目を閉じて一口ずつ味わう入江さん。

これはいくらでも食べられそうだ。


「すまし汁もどうぞ〜。私がやったから上手く出汁取れてるかな?グルメな湊くんに食べて貰うの緊張するね……」


絶対に大丈夫。

入江さんが基本に忠実、丁寧に出汁取りしてたの見てるから味は保証されてる。


「冷凍庫に柚子の皮を見つけたから、彩りと香り付けに少し刻んで入れてみたよ」


「彩りまで考えてるなんて実に女子力高いですね」


「えへへ。湊くんに褒められた。私は褒められると伸びる子です」


早速すまし汁を頂く。

美味い。鰹と昆布、サヨリから出た出汁がお互いを高め合ってる。


「入江さん美味しいです!身体に染み渡って行くのが分かります」


「またそんな大げさな。湊くんのお口に合ってホッとしてるよ」


 二種類の漬け丼、サヨリのすまし汁を味わいながら、俺たちは次回の計画を話し合った。


 気のおけない釣り仲間は貴重だ。


 入江さんとはお互いを高められるような関係を今後も築いていきたいなと思う。


 仲間という立ち位置からもう少し内面深く……。

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