第12話 キス(釣り)しませんか?
9月に入り夏の熱気もようやく抜け始めた。
空の色も鮮やかな青から、穏やかな青に変わり朝夕は心地よい風がそよいでいる。
先日訪れた台風のおかげで海も程よく掻き回され釣れる魚種も変わってきた。
金曜日の夕方、ビールを飲みながらサンテレビの阪神戦を見ていると入江さんからLINEが入ってきた。
「湊くん、次会う時はキスしませんか〜?」
ぶーーっ!!
テレビに向かって盛大に吹き出してしまった。
藤川球児監督が優勝前なのにビールまみれだ。
「入江さん、釣り仲間同士でキスは無いと思いますっ!」
「(?マークのスタンプ)」
「や、ごめんごめん!言い方紛らわしかったね。秋のキス釣りに行きませんか?」
「良いですね!ただ、キスとなるといつもの堤防より砂浜のが向いてますね。ドライブがてら、東かがわの砂浜へ行ってみますか?」
「OK。ところで湊くん、キスは延べ竿じゃ無理よね?」
「投げ釣りの方が良いですね。初めて入江さんにお会いした時に使ってたシーバスロッドとリールを持って来て貰えればセットアップしますよ」
「わかったー!よろしくね!さっそくだけど明日行く?」
「行きましょう行きましょう」
男は即決だ。
キス釣りは久しぶりだな。
三本目のビールを冷蔵庫に片付け、遠足前の小学生男子の如く、胸を高鳴らせながら俺は眠りについた。
このビールはキスの天ぷらをアテに入江さんと祝杯を挙げるために取っておこう。
◇ ◇
翌朝入江さんと合流し、俺たちは国道11号線を一路東に向かって走った。
「うふふ、キス釣り楽しみです!」
「それにしてもキスって魚をご存知だったとは思いませんでしたよ」
「や、この前の青空レストランで宮川大輔さんがキスの天ぷら作ってて、私も食べたい!って思って……」
少し恥ずかしげに語る様子がなんとも可愛いじゃないか。
「で、湊くんならなんとかしてくれそう!とですね……」
そんな期待と不安が交錯するような目を向けられたら、裏切るわけにはいかない。
「でも入江さん、正直なところ、いきなり投げ釣りするわけにはいきませんぜ?」
「はにゃ?どうしてです?」
周囲をクエスチョンマークが多数飛んでるのが見えた気がする。
「俺たちのファーストコンタクトを思い出してくだs……」
「あ゛〜〜〜っ!!」
車内に高らかに響く入江さんの叫び。
頬に手を当てた表情はまさにムンクの絵画だ。
「ドウシヨウ……。ワタシ リール ツカエナイ」
謎の外国人モードで落ち込む入江さん。
「ワタシ テンプラ タベルヒト ミナトクン ガンバッテ!」
満面の笑みでサムズアップをキメてきた。
「入江さん落ち着いて!俺責任持って上手く投げるやり方教えますから!」
「うぅ……鈍臭くてゴメンよぉ……」
「大丈夫です!最初から上手く投げられる人なんていません!それに入江さんがうまく投げられ無かったおかげで今の関係になれたんですから、人の縁って不思議ですよね!」
我ながら臭いセリフを言ってしまった。
自分でも耳が赤くなってるのが分かる。
「ふふ、人の縁かぁ。ひょっとしたら本当にあるのかも知れないね。と、あれぇ?湊くんのお耳が紅いぞぉ?」
淫靡に笑いながら耳を細い指でツンツンしてくるのやめて。
「まだ昨夜のビールが抜けてないんです!!」
自分でも意味不明の強がりを言ってみたが、動揺してるのはバレバレだ。
「ま、そう言うことにしといてあげる☆」
可愛いジト目を向けながらも満足そうに頷く入江さん。どうやら通常モードに帰って来たらしい。
今日は記憶に残る一日になる。
お互いそんな予感を孕ませながら、俺たちはまもなく釣り場に到着する。
車窓越しに見えた潮風そよぐ初秋の砂浜はとても綺麗だった。
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