18日目:止まった時計

病室の窓際に、小さな置き時計があった。

針は十二時で止まったまま、もう何日も動いていない。


「壊れてるんだな」

そう呟くと、ルカが振り返った。

「それは、この病室に初めからあった」

「直さないのか」

「時計はただの道具。時間は流れ続ける」


淡々とした答え。

でも俺は、その止まった針が妙に気になった。

――止まった時を、もう一度だけ動かせたら。



「今日の奇跡は――この時計の針を、もう一度だけ進めること」


ルカの声が響く。

「承認」



針がわずかに震え、音を立てた。

カチ、カチ、と再び歩み始める。

秒針が進み、分針が少しずつ追いかける。

ただそれだけなのに、胸の奥が強く締めつけられた。


「動いた……」

思わず呟く俺に、ルカが問いかける。

「なぜこの奇跡を?」

「分かんねえ。ただ……止まったままじゃ、寂しいだろ」




夕方。

美咲が見舞いに来た。

「え、時計動いてる! ずっと壊れてたのに!」

目を輝かせて笑う。

「なんか、いいね。ここにいる時間がちゃんと流れてる気がする」


俺は曖昧に笑った。

――流れる時間は、残酷でもあり、救いでもある。




夜。

ルカが帳尻を告げる。

「時計を動かした代償で、別の時計が止まった」

「……どこの?」

「とある祖母の家の柱時計。けれど、それをきっかけに孫が“修理”という行為に興味を持った」


俺は少し笑った。

「連鎖するんだな……こんな小さな奇跡でも」

「奇跡は全て、繋がっていく」


止まった時計の針が、カチカチと静かに音を立て続けていた。


残り十二日。

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