第58話 女の子の涙には勝てなかった

 担任は、夏目先生を遊園地に誘ってデートが出来たらしく、翌週の月曜日に「ありがとうよ」と言ってきた。

 まさか観覧車で胸揉んでキスとかしてないよね?


「コトミ君」


「あれ?シオリちゃんがこっちの教室に来るなんて珍しいね」


 何故か学校の生徒はクラスを超えた行き来をあまりしない。してはいけないという決まりはないのだけれど、「他にクラスの迷惑にならないように」とか、「先生の許可が無い部屋に入ってはいけません」とか言われて行くうちに、他のクラスを聖域みたいに思うようになって行くんだよな。


「うん、2組は早く帰りの会が終わったんだよ」


「そうなんだ」


 確かにうちは5時間目の国語が習字で、片付けに時間がかかったクラスメイトがいたから帰りの会が遅れたんだよね。


「それよりこっちに来て」


「えっ?うん……」


 まぁ、帰りの会は終わってるから良いけど……。


「……この先って屋上だよ?鍵持ってるの?」


「屋上じゃないよ、2人で話せる場所に行きたいの」


「そうなんだ……」


 何だろう……、何か人に言えない悩みの相談でもあるのだろうか。


「……」


「……」


 屋上に入るための扉の前まで来たけど何この沈黙。そんなに言い辛い悩みがあるの?


「こっ……、これ……」


「ん?」


 シオリちゃんは僕に何かのチケットを差し出して来た。まさか……。


「おっ……、お父さんから映画のチケット貰ったんだけど行かない?」


「……」


 もしかしてシオリちゃん、写生大会の日の僕と担任の会話を聞いてたの?

 絵に集中していて聞こえて無いと思ってたけど心の中で「その手があったかっ!」とか思ってた?


「僕……、婚約者がいるから、他の子とデートは出来ないよ……」


「これは違うのっ! 友達として誘ってるのっ!」


 僕、何でこんなにシオリちゃんに思われてるんだろう。

 もう1回「好きなの」って言われて断ったんだよ?


「駄目……?」


「うっ……」


 シオリちゃんが滅茶苦茶目に涙を溜めてるんだけど……。こんなの断ったら大泣きされちゃうじゃん。いやでも行ったら浮気だよな……、あっ……、でもツバサとサッカーで遊ぶようなものか?いや、ミサキはまだ恋愛をはっきりと意識出来ていないんだ。温泉旅館でもツバサに僕の半分を預けるように、露天風呂でも布団でも、僕をミサキとツバサの真ん中に置くようにしてたからな。


「……友達としてなら……」


「……えっ!?うんっ!」


 断れ無かった……。これマズいんじゃない?毎週のように「〇〇のチケットが余ったから」ってして来ない?恋愛シミュレーションゲームだと相手の好感度がカンストするとそんな感じになるんだけど……。



 ミサキという婚約者がいるのにシオリちゃんとのデートの約束をしてしまった。

 もしかして僕が前の地球の母さんのように浮気をしないように立ち回った反動で起きたとか?

 考えてみたら前の地球の母さんの浮気がバレるのって来年の今頃だもんな。最初はちょっとしたデートから始まって、今ぐらいから息子の元担任から不倫相手に変わっていた可能性がある。

 そうなるとミサキにバレて大事になるのは来年の今頃か?

 そしてあの冷めきった家庭のような婚約関係……、嫌だ、そんなのは絶対に駄目だ。

 1回目は応じてしまったから、友人として映画は見に行くけどその先は断らないと。

 えーっと、「他の用事があるから」なら問題ないよな?つまり土曜日の午後と、日曜日に用事を入れるようにすれば良いんだ。第2、第4土曜日は午前中も休みだけど、シオリちゃんは習い事があるらしくて来たことが無い。

 合気道教室で日曜日の午前中はつぶれているから、土曜日の午後と日曜日の午前中にある習い事を探そう。

 シオリちゃんの門限は6時……、午後に何かを入れれば良いんだ。「最近〇〇に通いだしてさ……」であれば自然だ。イケるっ!

 あっ……、でももう少しで引っ越しがある。通いにくい場所は嫌だな……。

 ちょっと調べておこう。

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