改稿された未来 | 三題噺Vol.13
冴月練
改稿された未来
📘 三題噺のお題(第13弾)
消えた足音
地下の階段
未来から届いた音声
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解釈のヒント(自由に無視OK)
消えた足音
誰かが歩いていたはずなのに、途中で足音が途絶える。
静寂の中で突然足音が消える恐怖演出や、不自然な消失のミステリーにも使えます。
逆に、足音の消失が“安心”や“解放”を意味する描き方も可能。
地下の階段
地下鉄、避難通路、古代遺跡、地下シェルターなど。
階段を降りる行為は“別世界”や“秘密”への移行の象徴にも。
未来から届いた音声
録音データ、留守電、無線通信など。
未来の自分や他人からのメッセージで、物語の方向を大きく変えるきっかけに。
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【本文】
こんなアプリが本物だとは思わない。数日前に派手なファッションの変な女の子からもらったアプリ。
10月になり、涼しい日が増えた。夕方になり、今日は肌寒さすら感じる。
文章を確認する。読みながら涙がこぼれてくる。全部自分が悪いのに、こんなわけのわからないアプリなんかにすがって。でも、苦しくてしかたがない。
腕で涙を拭う。涙が服の袖を濡らす感覚と、伸びた無精ひげの感触がする。
文章を最後まで確認し終えると、彼女の家の墓誌を見る。彼女の名前が、真新しく彫られている。命日は、8月のお盆休みのあの日。
赦しを請い、願いをこめて送信ボタンを押した。
※ ※ ※
「なんだコレ?」
思わず声が出た。
寝る前にスマホを見たら、メールの着信があったので、中身を開いた。
メールを開くと、なぜかスマホの音声読み上げ機能が勝手にメールを読み始めた。しかも、普段の読み上げ音声とは違う男の声だ。どこかで聞いたことのある声だと思った。
ウイルスだと思い焦るが、音声を止められない。
内容は、二ヶ月後のオレを名乗る人物からで、明日の予定を取り止めろというものだった。
明日は彼女の
先輩から、そこに入る鍵を入手していた。志保は止めておこうと言ったが、お盆休みのちょっとしたレクリエーションとして行ってみたかった。結局志保が折れ、明日行く約束をした。
このメールの送り主は、なぜかその予定を知っている。
さらに、明日何が起こるのかも語られた。地下で志保と口論になり、志保が一人で帰ろうとする。建物が老朽化して床が抜けている場所があり、志保はそこから落下して死ぬそうだ。
口論の理由は、志保がオレに対して日頃から感じていた不満が爆発したからと言っている。
明日の予定を取り止めることと、もっと志保の話をちゃんと聞けということが、強い調子で読み上げられる。必死さすら感じる。何でこんなに感情をこめて読み上げるんだ?
このメールが気持ち悪いのはこの後だ。
オレしか知らないだろうことが、過去から現在まで記されている。
最後は、信じろという命令と、信じて欲しいという懇願で終わった。やはり、音声読み上げ機能とは思えないほど、感情がこもっていた。
誰がメールの送り主かを考えてみる。
明日の予定を知っている者は何人かいるだろうが、オレについての記述を全部書ける人間なんて、それこそオレだけだ。
メールのヘッダー情報を見た。空っぽだった。では、このメールはどうやってオレのスマホに届いたんだ?
気持ちの悪いメールだ。削除しようと思ったが、なぜか、明日無事に帰ってからにしようと思った。
志保のことを思い出す。
大学に入学してから付き合いだした、同い年の彼女だ。口にはあまり出さないが、すごく可愛い。
メールには、志保がオレに対する日頃の不満を爆発させて口論になったと書かれていた。
志保は控えめな性格で、オレが意見を押し通すことは確かに多い。だが、結構軽口も叩くし、オレをからかってくることもある。志保がオレに対して、そんなに不満を募らせているとは思えなかった。
メールのことは気になったが、こんな変なメールを理由に、せっかくの地下室を探検するチャンスを逃す気はなかった。
次の日、午前10時に旧校舎の前で志保と待ち合わせた。お盆休みで、キャンパスは人があまりいない。
「ねえ、
志保はこの後に及んで、まだ反対する。
「何言ってんだよ。この間は行くって言ったじゃないか。それに、志保も地下室の話には興味あっただろ?」
「そうだけど……」
歯切れが悪い。少しいらだちを覚え、志保の手首をつかんで、やや強引に旧校舎へと歩き出した。志保は無言でついてきた。
地下室への扉は、先輩から借りた鍵で問題なく開いた。
地下へと続く階段を見る。下が見えず、奈落の底にでも続いていそうだ。
先輩から、電気はつくから心配ないと言われていた。壁を見るとスイッチがあった。確かに電気はつくが、LEDとは比べものにならないほど暗い明かりだった。
地下室へ入った。やはり薄暗く、かび臭いような気もする。地下だからか、外の暑さが嘘のように快適な温度だ。
地下室も地上階と同じく、部屋で区切られている。ただ、廊下が広いと感じた。
「それじゃあ志保、探検を始めようか」
志保に明るく言った。志保は無言で頷いたが、表情が暗いと思った。明かりのせいだろうか?
一歩踏み出したところで、昨日のメールを思い出した。老朽化で床が抜けているところがある。
スマホを取り出すと、ライトを付けた。
「どうしたの、青司」
オレの行動を変に思ったのだろう。志保が尋ねてきた。
「いや、念のためにな。なんせ志保がいるから、慎重にならないと」
そう言って笑った。志保は少し驚いた顔をしてから、わずかに笑った。
志保の前に立ち、歩き出した。
部屋の中を見たが、もう使われなくなった古い教室としか思えなかった。変わったものは見あたらない。当たり前か。
それからしばらく進んだところで、異変に気づいた。後ろから聞こえていた志保の足音が無い。
脳裏にメールの内容が浮かぶ。急激に嫌な予感に包まれた。地下室は暑くないのに、背中を汗が伝う。
急いで振り向いたが、志保がいない。
「志保」
志保の名を呼んだが、返事がない。
「志保! 大丈夫か?」
大声で志保を呼び、走り出した。
少し戻ると志保がいた。しゃがんで靴紐を直していたようだ。
「ん? 青司、どうしたの? そんなに慌てて」
志保は立ち上がると、オレの顔を不思議そうに見る。
「いや、志保がいなくて……呼んでも返事が無いから」
「ごめん。聞こえてたけど、しゃがんでたから大きな声が出せなくて」
志保が申し訳なさそうな顔でそう言った。志保の表情に少し違和感を覚えた。
志保の手を握ると、地下室の出口へと歩き出した。
「どうしたの、青司? 探検はもういいの?」
「ああ、いい。そんなことより、志保が大事だ」
志保の顔を見る余裕もない。全神経を集中して、周囲に異変がないかを探った。
怖くて怖くてしかたなかった。自分でもすごい手汗をかいているのがわかった。志保にどう思われているのかを少し考えたが、志保を無事にここから連れ出せたのなら、振られたっていいと思った。
オレと志保は、何ごともなく旧校舎を出た。
うだるようなお盆の暑さが、今は心地良い安心感を与えてくれた。
「暑いね。青司、近くのファミレスに行かない?」
志保の誘いに、無言で頷いた。
やはりファミレス内の涼しさはありがたかった。お盆休みの影響だろうか? 昼時の割に店内は空いていた。
二人で昼食を食べた。
食後。ドリンクバーで飲み物を取ってきてから、真剣な顔で志保に向き合った。
「ごめん、志保。志保は嫌がってたのに、無理矢理あんなとこに連れてって」
そう言って、志保に頭を下げた。
「どうしたの、青司?」
志保はキョトンとした顔をしている。
「オレ、反省した。良い彼氏じゃなかった」
「はぁ」
やはり志保は戸惑っている。
「オレに不満があるなら、何でも言って欲しい。何かないか?」
志保を見つめる。
志保は少しためらってから口を開いた。
「ある。もっと私の話、ちゃんと聞いて欲しい」
「え? いつも聞いてるけど」
オレの言葉を、志保は首を振って否定した。
「違う。青司はいつも私が話してる途中で、自分が思う解決策を言って、それで話をおしまいにする」
なんだか、すごくよく聞く男女のすれ違いの話だ。だから気をつけているつもりだった。いや、つもりだったのだろう。自分を省みると、確かに志保の言う通りの応対をしていた。
「うん。志保の言うとおりだ。ごめん」
再び志保に頭を下げた。
頭を上げると、志保が目を伏せていた。
「青司、ごめんね。青司はちゃんと私のこと考えてくれてたのに」
「そんなことはない。オレがダメな彼氏だった」
「違うの。地下室でね、青司が私を呼んだとき、本当は私声出せたんだ。でも、なんだかいつものことがいろいろ浮かんできて、ちょっと意地悪してやろうと思って……ごめん」
志保が涙を浮かべる。あの時感じた違和感は、間違ってなかったようだ。そして、志保がそんなに不満を募らせていたことに、全く気付いていなかった。本当にオレはダメな奴だ。
「気にするな。それより、他にはないのか?」
他にもあるかもしれないので、志保に尋ねた。
志保はさっきよりも言いにくそうにしていたが、口を開いた。
「青司、私のこと好き?」
小さな声で聞いてきた。面食らったが、正直に答える。
「もちろん好きだ」
「だったら、もっとそういうこと……言って欲しいな」
志保が上目遣いでオレを見ながらそう言った。やっぱり志保はすごく可愛い。
「わかった。志保、大好きだ!」
ファミレス中に聞こえるくらいの大声で言った。
「バカ」
志保は赤くなり、小さくなりながら言った。店内の客の視線がオレたちに集まっているようだが、そんなことは大した問題ではない。
「あと、オレいつも、志保のことすごく可愛いと思ってる!」
せっかくの機会だから、いつも思っていることを大声で志保に伝えた。
志保は黙って立ち上がると、足早に店を出て行ってしまった。
急いで会計を済ませて店を出た。
志保は少し離れた場所でオレを待っていた。
近づくと、何か言いたそうににらんでいたが、ため息をついてからこう言った。
「青司、カラオケでも行かない?」
喜んで賛成した。
カラオケで歌っているときに気がついた。
昨日のメールを読み上げた音声。あれは、オレの声にそっくりだということに。
帰宅して昨日のメールを見ようとした。
メールはあったが、何も書かれていない空っぽのメールになっていた。
少し考えたあと、ウイルスとかの危険性があるかもしれないから、メールを削除することにした。感謝の思いを込めながら、削除ボタンを押した。
10月の土曜日、志保とデートで映画を見た。
映画は面白かったし、志保も楽しそうだし、幸せだった。
手をつないでシネコンを出ると、派手なファッションの女子高生が笑顔でオレたちを見ていた。あれ、制服か? すごい改造だ。学校の先生は何も言わないのだろうか?
目が合ったので、思い切って聞いた。
「何か?」
「いえ、仲良さそうだなと思って。あと、お兄さんはやっぱりひげが無いほうがカッコいいと思います」
少女はそう言うと、会釈して去って行った。
ひげって何だろうか? ひげを伸ばしたことなんて無いのに。誰かと勘違いしているのだろうか? まあいい。
「ねえ、青司。私、ああいうファッション似合うかな?」
志保がそんなことを聞いてくる。
「止めとけ。あんな個性的なの、人を選ぶって」
オレの答えに志保は笑った。その笑い方から、今のは冗談なのだとわかった。
――――――――――――――――――――――
【感想】
「未来から届いた音声」の扱いでだいぶ悩みました。さらに、それを他の二つとリンクさせるのも。
内容はメールによる過去改変というよくある話。それに登場人物二人の関係性を絡めて作りました。
三題噺にしては、ちょっと長い話になったと思います。
作中に出てくる派手な少女は、私が書いた別の作品の登場人物とリンクしています。超常の力を持っているキャラは便利。
改稿された未来 | 三題噺Vol.13 冴月練 @satsuki_ren
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