第30話:中学編、その先へ

伝説の夏から、月日は流れた。

 俺、春海悠の名前と、『フィジカルモンスター』という少し大げさな異名は、同世代のアスリートの間で知らぬ者はいないほどのものになっていた。


 中学一年生の秋。

 俺は学校の代表として駅伝大会に出場した。任されたのは各校のエースが集う最長区間。ごぼう抜きという言葉が生ぬるく感じるほどの走りで、俺は次々と前の走者を抜き去りチームを優勝へと導いた。


 冬にはユウトに付き合って遊びに行ったスケートリンクで、たまたま居合わせたフィギュアスケートのコーチに「君は十年に一人の逸材だ!」と絶叫されたりもした。もちろん丁重にお断りしたけれど。


  ◇


 中学二年生。

 俺の無双はさらに加速する。


 陸上競技ではもはや敵はいなかった。

 出場する全ての大会で、自分が打ち立てた中学記録をさらに更新し続ける。その記録はもはや中学生ではなく、高校生や大学生のトップ選手のそれと比較されるようになっていた。


『怪物・春海悠、自身の持つ中学記録をまたも更新!』

『彼の限界はどこにあるのか!?』


 スポーツニュースサイトには、そんな見出しが毎シーズン躍った。


 サッカーでは溝口監督との約束通り、西峰FCの選手として大事なカップ戦やトーナメントにだけスポットで出場した。俺がピッチに立てばチームが負けることはなかった。二年連続の全国制覇。俺はいつしか『勝利を約束するジョーカー』と呼ばれていた。


 野球でも同じだった。

 野々村監督率いる湊スターズの一員として、俺は夏の全国大会、決勝の舞台にだけ姿を現した。そして二年連続でチームを優勝に導く一打を放った。


 そしてこの年、俺は新しい「面白いこと」にも手を出していた。

 バスケットボールだ。

 地域のクラブチーム「桜川バスケットボールクラブ」に、例によって特別契約で加入。圧倒的な身体能力と広い視野でゲームを支配し、無名だったチームを創設初の全国クラブ選手権出場へと導いた。


 もちろん学業も疎かにはしない。

 定期テストでは常に学年トップ。全国模試でもその名前は常に上位にランクインしていた。

 いつしか俺の異名『フィジカルモンスター』は、単なる身体能力の怪物という意味だけではなく、学業も含めた全ての分野で常識外れの才能を発揮する、畏敬の念を込めた呼び名へと変わっていった。


  ◇


 そして中学三年生の秋。

 俺の進路は、スポーツ界全体の最大の関心事となっていた。


「で、結局どこに行くんだよ、悠」


 放課後の教室でユウトが呆れたように聞いてくる。

 俺の机の上には全国のスポーツ名門校から届いた、分厚いパンフレットの山が置かれていた。


「さあな。まだ何も決めてないよ」


「決めてないって……もう秋だぞ! 陸上の超名門校からは学費全額免除に寮の個室確約、野球の甲子園常連校からは一年生からのエースナンバー確約だろ!? 普通迷うことすらないだろ!」


 ユウトの言う通りだった。

 どの学校も破格の条件を提示してくれていた。

 だが俺の心はなぜか少しも躍らなかった。


「……なあ、ユウト。俺さ、一つのことだけをやるって考えられないんだ」


「……だろうな」


「陸上もサッカーも野球もバスケも剣道も全部面白い。どれか一つを選べなんて言われても無理だ。だから俺は全部やれる場所に行きたいんだよ」


 それが俺の出した、たった一つの答えだった。


 数日後。

 俺の進路先は、とあるスポーツ雑誌の独占インタビュー記事によって、世に知らされることになった。


 記事の中で、記者は驚きを隠せない様子で俺に尋ねた。

「数々の名門校からの誘いを断り、なぜスポーツでは無名の進学校を選んだのですか?」


 俺の答えは、ごくシンプルなものだった。

「最新の設備が整っていて、何より自由な校風が気に入りました。俺が一番『面白そう』だと思ったのが、ここだった。それだけです」


 その短いコメントは、記事が発売されるや否や、瞬く間にスポーツ界を駆け巡り、大きな衝撃を与えた。


 誰もが俺の選択を理解できなかった。

 せっかくの才能をドブに捨てるようなものだと誰もが言った。

 だが俺はそれで良かった。


 あっという間だった三年間も、もう終わりか。

 ここから先は俺が作る、俺だけの物語。


 春。

 満開の桜並木を抜け、俺は真新しい制服に身を包み、新しい高校の門をくぐった。

 ここから何が始まるんだろうか。

 どんな「面白いこと」が待っているんだろうか。

 俺の胸はかつてないほどの期待に膨らんでいた。

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