第24話:武道の聖地に響く咆哮
「――はじめ!」
張り詰めた空気の中、団体戦の火蓋が切られた。
先鋒、次鋒、中堅、副将……俺の前に戦う四人の仲間たちの試合が、息を呑むような攻防の中で進んでいく。
相手はやはり強かった。
去年の準優勝校という肩書は伊達じゃない。一人一人の練度、俺たちのチームを上回っている。
先鋒戦、一本勝ち。
次鋒戦、二本負け。
中堅戦、引き分け。
そして副将戦、一本負け。
これで通算成績は一勝二敗一分け。
本数差で俺たちのチームは絶望的な状況に追い込まれていた。
俺がこの大将戦で、二本勝ちしなければチームの敗北が決まる。
引き分けはもちろん、一本勝ちですらダメだ。
「……頼む、春海」
チームメイトの、すがるような視線が背中に突き刺さる。
武道館中の視線が、試合場の中心に立つ俺一人に集まっているのが分かった。
プレッシャーで押し潰されそうだ。
普通の人間ならきっとそうだろう。
(面白いじゃないか)
だが俺の心は、不思議なくらいに燃えていた。
この絶体絶命の状況。
全てが自分の双肩にかかっているという、この重圧。
これ以上ないくらい最高の舞台だ。
「大将戦、はじめ!」
俺は静かに相手と向き合った。
相手の大将は、”不動の山”の異名を持つ全国でも屈指の実力者。
俺よりも頭一つ分は背が高く、その構えには一切の隙がない。
試合が始まっても、相手は動かなかった。
静寂。
竹刀の先と先が触れ合うか触れ合わないかのギリギリの間合いで、互いの呼吸だけが聞こえる。
先に動いた方が負ける。
そんな極限の心理戦。
(……なら、誘ってやる)
俺はほんのわずか、竹刀の先を下げた。
素人が見れば気づかないほどの、小さな小さな動き。
だが達人である相手の目には、それが「面ががら空きになった」と映ったはずだ。
案の定、相手の目がギラリと光った。
誘いに乗った。
相手が勝利を確信して踏み込んでくる、その未来が俺にははっきりと視えていた。
「メーン!」
相手の勝利を確信した絶叫。
だがその竹刀が俺の面に届くよりも早く、俺の体は一歩だけ前に出ていた。
相手の振りかぶった腕の下。
がら空きの右小手。
スパァン!
武道館中に響き渡る、竹が割れるかのような快音。
俺の放った出小手が、完璧に決まっていた。
「――こ、小手あり! 一本!」
審判の驚きに満ちた声が響く。
静まり返っていた武道館がどよめきに包まれた。
「うそだろ……あの不動の山から、あんな鮮やかな出小手を……」
「なんだ、あいつは……!?」
これで一本。
あともう一本取れば俺たちの勝ちだ。
二本目。
相手はもう冷静ではいられなかった。
プライドを傷つけられた怒りか焦りか。
なりふり構わず猛然と打ちかかってくる。
「メーン!」「コテー!」「ドーーウ!」
嵐のような連続攻撃。
だがその全てが、俺にはスローモーションのように見えていた。
俺は最小限の動きで、その猛攻をさばき続ける。
そして相手の体力が尽きかけ、最後の大技を繰り出そうとした、その瞬間を俺は見逃さなかった。
(終わりだ)
相手が渾身の力で面を打ち込んできた。
俺はその踏み込みに合わせて、体をわずかに右に開く。
相手の竹刀は空を切る。
がら空きになった胴体。
俺はまるで舞うように、相手の横をすり抜けながら竹刀を水平に振るった。
完璧な抜き胴。
「―――胴あり! 勝負あり!」
その声はまるで遠くで聞こえているようだった。
俺は静かに面を外し、呆然と立ち尽くす相手に深々と頭を下げた。
一瞬の静寂の後、武道館は今日一番の割れんばかりの拍手と歓声に包まれた。
信じられないものを見る目で俺を見つめるチームメイト。
満足そうに頷く、高峰師範。
そして観客席で立ち上がってガッツポーズをするユウトの姿。
怪物の伝説は武道の聖地で、まだその第一章を刻んだばかりだった。
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