第22話:中心を射抜く剣
市の交流戦当日。
俺は市川や道場の仲間たちと共に、地域の体育館に設けられた試合会場にいた。
独特の緊張感が漂う中、他の道場や学校の選手たちが、ウォーミングアップで竹刀を振る音が響いている。
「春海、緊張してるか?」
「いや別に。いつも通りだよ」
観客席から声をかけてきたユウトに、俺は軽く手を振って答えた。
初めての試合。初めての防具。
だけど、心は不思議と落ち着いていた。
やることは、あの日の道場と同じ。
相手の中心を見て、動いた瞬間に前に出るだけだ。
「春海くん、次、赤コートだ。準備してくれ」
市川に呼ばれ、俺は頷くと面をつけた。
視界が狭まり、自分の呼吸の音だけが大きく聞こえる。
この感覚、嫌いじゃない。
◇
「一回戦、はじめ!」
審判の声と共に、初戦が始まった。
相手は、俺よりも少しだけ背の高い選手。
開始直後から、鋭い気合と共に、激しく攻め立ててきた。
「メーン!」「コテー!」
竹刀が風を切る音。
俺は無理に打ち合わない。
最小限の動きで相手の打突をさばきながら、じっと観察を続けていた。
相手の動き、呼吸、そして踏み込みの癖。
攻めが激しくなればなるほど、その癖は、分かりやすく現れる。
(大振りだ……。打ち終わった後、必ず一瞬だけ、中心ががら空きになる)
相手が、勝負を決めるつもりなのだろう。
今までで一番大きな踏み込みで、面を打ち込んできた。
俺は、その竹刀を紙一重で受け流すと同時に、半歩だけ後ろに下がる。
相手は打ち抜いた勢いのまま、体勢を崩して俺の目の前を通り過ぎる。
がら空きの、背中。
(もらった)
俺は、振り返り様に、最短距離で竹刀を振り下ろした。
「メーン!」
スパーン! と、乾いた音が響き渡る。
完璧な、引き面だった。
「――面あり! 一本!」
審判の旗が、勢いよく上がる。
一瞬の攻防。
観客席が、わずかにどよめいたのが分かった。
「……やるじゃないか」
道場の仲間たちが陣取る席で、高峰師範が静かに呟いていたのを、俺はまだ知らない。
◇
二回戦。
相手は、初戦とは全くタイプの違う選手だった。
どっしりと腰を落とし、竹刀の先を俺の中心から一切外さない。
試合が始まってから一分以上、互いに一歩も動かず、睨み合ったままだった。
攻め合い。
先に動けば、負ける。
肌がピリピリとするような緊張感。
(強い……。隙がない)
俺は今までの相手とは違う、本物の実力者の匂いを感じ取っていた。
だが、それは絶望ではなかった。
むしろ心が躍っていた。
こういう相手と戦ってみたかった。
相手の竹刀の先が、ほんのわずかに下に沈んだ。
誘いだ。
俺がそれに乗って前に出れば、カウンターの突きが飛んでくる。
(その手には乗らない)
俺も竹刀の先をわずかに動かし、相手の出方を窺う。
静かな攻防。
だが、その水面下では、互いの思考が激しく火花を散らしていた。
どれくらいの時間が、経っただろうか。
相手の集中力が、ほんの少しだけ、揺らいだのが分かった。
呼吸のリズムが、コンマ数秒だけ、乱れた。
(……今だ!)
俺は相手が息を吸い、次の動作に移ろうとする、まさにその一瞬。
全ての始まりである「出鼻」を狙っていた。
「メーン!」
俺の踏み込みは、相手の動き出しよりも、コンマ一秒だけ早かった。
相手は、俺の動きに反応して防御しようとするが、もう遅い。
俺の竹刀は、相手の防御が完成するよりも早く、その中心を、真っ直ぐに射抜いていた。
体育館中に響き渡る、今日一番の快音。
「―――面あり! それまで!」
審判の、しだけ上ずった声が、試合の終わりを告げた。
俺は静かに面を外し、相手に一礼した。
相手も悔しさの中にも、どこか清々しい表情で、俺に礼を返してくれた。
「見事だ、春海くん」
試合後、俺の元にやってきた高峰師範は、厳しい表情を崩さないままそう言った。
「派手さはない。だが、君の剣は、剣道の理に適っている。今日のところは、上出来だ」
それは、師範なりの、最大限の賛辞だった。
「また、いつでも道場に来い。教えたいことは、まだ山ほどある」
「はい。行ける日は、行きます」
俺は、自分のスタイルを崩さずに、そう答えた。
剣道も、面白い。
サッカーや野球とは、また違う種類の興奮が、ここにはある。
俺たちが道場に引き上げようとした、その時だった。
一人のスーツ姿の男性が、高峰師範の元へ駆け寄ってきた。
その胸には、県の剣道連盟のバッジが光っている。
「高峰先生! 今の選手は、一体……!?」
男の興奮した声が、俺の耳に届く。
男の興奮した声を背に、俺は高峰師範の横顔を見た。その厳しい目が、ほんの少しだけ、楽しそうに細められたのを、俺は見逃さなかった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます