第7話:野球・地域戦ワンデー

地域戦のトーナメント当日。

空は高く澄み渡り、絶好の野球日和だった。

対戦相手は、去年の優勝チーム。

試合前から、相手チームの応援団が大きな声援を送っていて、完全にアウェーな雰囲気だ。


「春海、初回から飛ばしていけよ」


「はい」


監督の言葉に頷き、俺はマウンドに上がった。

先発ピッチャー。

この大舞台で、自分の力がどこまで通用するのか。

緊張よりも、ワクワクする気持ちの方が強かった。


初回、俺は三者凡退で最高のスタートを切った。

ストレートと、たまに混ぜるスライダー。

それだけで、相手の強力打線は手も足も出ないようだった。


試合は投手戦になった。

相手ピッチャーもかなりの実力者で、俺たちのチームもなかなか点を取ることができない。

ゼロがスコアボードに並んでいく。


俺は五回まで、一人のランナーも出さない完璧なピッチングを続けた。

でも、その裏の攻撃が終わった時、監督に呼ばれた。


「春海、ここまでだ。よく投げた」


「えっ……。俺、まだ投げられます」


「分かっている。だが、これはトーナメントだ。もし決勝まで行ったら、またお前の力が必要になる。今は温存させろ」


監督の判断は正しかった。

俺は少しだけ悔しい気持ちを抑え込み、マウンドを降りた。



試合は1対0、俺たちのチームがリードしたまま終盤の六回裏を迎えた。

ツーアウト、ランナー二塁。

一打追加点のチャンスで、俺に声がかかった。


「春海、代打だ」


「……! はい!」


ピッチャーを降りてからも、いつでもいけるように準備はしていた。

俺はバットを握りしめ、バッターボックスに向かう。

観客席から、ひときわ大きな歓声が上がった。

俺はその声援に応えるように、軽くヘルメットのつばに手をやった。


(うわ、心臓ばくばくする……。でも、ここで打てば、ヒーローだな)


相手ピッチャーは、明らかに警戒していた。

慎重に、外角のボールゾーンから入ってくる。

一球目、外角に大きく外れるボール。見送る。

二球目、内角をえぐる速い球に、思わず空振りしてしまった。


(速い! でも、次は合わせる!)


ツーストライクと追い込まれたが、俺は逆に集中力が高まっていくのを感じた。

ピッチャーの投球フォーム、指先の動き、その全てに集中する。


そして、四球目。

アウトコース低め、ギリギリのコースを狙ったストレート。

でも、ほんの少しだけ、甘く入った。


(もらった!)


俺は踏み込み、バットを振り抜いた。

快音を残した打球は、センターの頭上を越える長打になった。

二塁ランナーが、悠々とホームイン。

貴重な追加点だった。



「春海、最後、締められるか」


最終回。

セーブがつく場面で、監督が再び俺に声をかけた。

抑えとしての登板。

先発して、代打で打って、最後に抑える。

こんなの、漫画の主人公みたいだ。


「はい。やります」


俺はもう一度、マウンドに上がった。

さっきまでの歓声が、今はプレッシャーとなって肩にのしかかる。

でも、それすらも心地よかった。


一人目、二人目と、内野ゴロに打ち取る。

あと一人。

バッターは、相手チームの四番。

今日、一番当たっているバッターだ。


(こいつを抑えれば、勝ちだ……!)


キャッチャーとサインを交わす。

初球、インコースに速いストレート。

バッターがのけぞる。


(よし、これで内側を意識させた)


二球目、アウトコースにスライダー。

しかし、相手は食らいついてきた。

ファール!

キーンという甲高い音が響く。


(うわ、当ててきた!)


三球目も、四球目もファールで粘られる。

相手の集中力が、バットを通して伝わってくるようだった。

息が上がる。心臓がうるさい。


(どうする……。決め球、どっちだ……)


迷った時、キャッチャーがタイムを取ってマウンドに駆け寄ってきた。


「悠、最後はどっちでいきたい?」


「……外のスライダー。あれで決める」


「OK。信じてるぜ」


相棒の言葉に、俺は覚悟を決めた。

もう一度、プレートを踏む。


(全部、この一球に! 腕がちぎれてもいい!)


俺はセットポジションから、今日一番の体重移動で、腕を振った。

投げた瞬間、勝ったと思った。

アウトコース低め、ボールゾーンからストライクゾーンへ。

今日一番のキレのスライダー。


バッターは、ボールだと判断したんだろう。

微動だにせず、バットを振らない。


しかし、ボールはそこからありえないくらい曲がり、ストライクゾーンの外角低め、一番遠いコースに吸い込まれていった。


「ストライーク! バッターアウト!」


試合終了を告げる審判の声が、響き渡った。

その瞬間、俺は思わず叫んでいた。


「やったーっ!」


空に向かって、思いっきりガッツポーズする。

すぐに、チームメイトたちがマウンドに駆け寄ってきて、もみくちゃにされた。

最高に、気持ちよかった。


試合後、俺は相手チームの四番バッターと握手をした。


「すごいスライダーだった。完敗だよ」


「あ、ありがとうございます! 速かったです!」


うまく言葉が出てこない。

でも、本心だった。

本当に、紙一重の勝負だったと思う。


俺はチームメイトの輪に戻り、次の試合への気持ちを新たにした。

一日で、先発、代打、抑え。

全部やった。全部、楽しかった。


この「楽しい」を、もっともっと続けていきたい。

俺は青空を見上げ、そう強く思った。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る