第7話:野球・地域戦ワンデー
地域戦のトーナメント当日。
空は高く澄み渡り、絶好の野球日和だった。
対戦相手は、去年の優勝チーム。
試合前から、相手チームの応援団が大きな声援を送っていて、完全にアウェーな雰囲気だ。
「春海、初回から飛ばしていけよ」
「はい」
監督の言葉に頷き、俺はマウンドに上がった。
先発ピッチャー。
この大舞台で、自分の力がどこまで通用するのか。
緊張よりも、ワクワクする気持ちの方が強かった。
初回、俺は三者凡退で最高のスタートを切った。
ストレートと、たまに混ぜるスライダー。
それだけで、相手の強力打線は手も足も出ないようだった。
試合は投手戦になった。
相手ピッチャーもかなりの実力者で、俺たちのチームもなかなか点を取ることができない。
ゼロがスコアボードに並んでいく。
俺は五回まで、一人のランナーも出さない完璧なピッチングを続けた。
でも、その裏の攻撃が終わった時、監督に呼ばれた。
「春海、ここまでだ。よく投げた」
「えっ……。俺、まだ投げられます」
「分かっている。だが、これはトーナメントだ。もし決勝まで行ったら、またお前の力が必要になる。今は温存させろ」
監督の判断は正しかった。
俺は少しだけ悔しい気持ちを抑え込み、マウンドを降りた。
◇
試合は1対0、俺たちのチームがリードしたまま終盤の六回裏を迎えた。
ツーアウト、ランナー二塁。
一打追加点のチャンスで、俺に声がかかった。
「春海、代打だ」
「……! はい!」
ピッチャーを降りてからも、いつでもいけるように準備はしていた。
俺はバットを握りしめ、バッターボックスに向かう。
観客席から、ひときわ大きな歓声が上がった。
俺はその声援に応えるように、軽くヘルメットのつばに手をやった。
(うわ、心臓ばくばくする……。でも、ここで打てば、ヒーローだな)
相手ピッチャーは、明らかに警戒していた。
慎重に、外角のボールゾーンから入ってくる。
一球目、外角に大きく外れるボール。見送る。
二球目、内角をえぐる速い球に、思わず空振りしてしまった。
(速い! でも、次は合わせる!)
ツーストライクと追い込まれたが、俺は逆に集中力が高まっていくのを感じた。
ピッチャーの投球フォーム、指先の動き、その全てに集中する。
そして、四球目。
アウトコース低め、ギリギリのコースを狙ったストレート。
でも、ほんの少しだけ、甘く入った。
(もらった!)
俺は踏み込み、バットを振り抜いた。
快音を残した打球は、センターの頭上を越える長打になった。
二塁ランナーが、悠々とホームイン。
貴重な追加点だった。
◇
「春海、最後、締められるか」
最終回。
セーブがつく場面で、監督が再び俺に声をかけた。
抑えとしての登板。
先発して、代打で打って、最後に抑える。
こんなの、漫画の主人公みたいだ。
「はい。やります」
俺はもう一度、マウンドに上がった。
さっきまでの歓声が、今はプレッシャーとなって肩にのしかかる。
でも、それすらも心地よかった。
一人目、二人目と、内野ゴロに打ち取る。
あと一人。
バッターは、相手チームの四番。
今日、一番当たっているバッターだ。
(こいつを抑えれば、勝ちだ……!)
キャッチャーとサインを交わす。
初球、インコースに速いストレート。
バッターがのけぞる。
(よし、これで内側を意識させた)
二球目、アウトコースにスライダー。
しかし、相手は食らいついてきた。
ファール!
キーンという甲高い音が響く。
(うわ、当ててきた!)
三球目も、四球目もファールで粘られる。
相手の集中力が、バットを通して伝わってくるようだった。
息が上がる。心臓がうるさい。
(どうする……。決め球、どっちだ……)
迷った時、キャッチャーがタイムを取ってマウンドに駆け寄ってきた。
「悠、最後はどっちでいきたい?」
「……外のスライダー。あれで決める」
「OK。信じてるぜ」
相棒の言葉に、俺は覚悟を決めた。
もう一度、プレートを踏む。
(全部、この一球に! 腕がちぎれてもいい!)
俺はセットポジションから、今日一番の体重移動で、腕を振った。
投げた瞬間、勝ったと思った。
アウトコース低め、ボールゾーンからストライクゾーンへ。
今日一番のキレのスライダー。
バッターは、ボールだと判断したんだろう。
微動だにせず、バットを振らない。
しかし、ボールはそこからありえないくらい曲がり、ストライクゾーンの外角低め、一番遠いコースに吸い込まれていった。
「ストライーク! バッターアウト!」
試合終了を告げる審判の声が、響き渡った。
その瞬間、俺は思わず叫んでいた。
「やったーっ!」
空に向かって、思いっきりガッツポーズする。
すぐに、チームメイトたちがマウンドに駆け寄ってきて、もみくちゃにされた。
最高に、気持ちよかった。
試合後、俺は相手チームの四番バッターと握手をした。
「すごいスライダーだった。完敗だよ」
「あ、ありがとうございます! 速かったです!」
うまく言葉が出てこない。
でも、本心だった。
本当に、紙一重の勝負だったと思う。
俺はチームメイトの輪に戻り、次の試合への気持ちを新たにした。
一日で、先発、代打、抑え。
全部やった。全部、楽しかった。
この「楽しい」を、もっともっと続けていきたい。
俺は青空を見上げ、そう強く思った。
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