第6話:野球・校内選抜

校内選抜戦の当日。

体育の授業で使ったのと同じグラウンドのはずなのに、空気が全然違って感じられた。

ピンと張り詰めたような緊張感。

集まった選手たちの目も、遊びの時とは比べ物にならないくらい真剣だ。


「春海、頼んだぞ」


「はい」


俺は監督役の先生に軽く頭を下げると、マウンドへと向かった。

先発ピッチャー。

この試合に勝ったチームが、学校の代表として地域戦に出場する。


キャッチャーは、体育の授業の時と同じクラスメイトだった。

彼は俺の球を一度受けたことがあるからか、自信に満ちた顔でミットを構えている。


(よし、やるか)


俺は大きく息を吸い、振りかぶった。

初球、アウトコース低めにストレート。

ズバンッ、とミットが鳴る。


「ストライーク!」


体育の時と同じ、手応えのある一球。

でも、相手バッターの反応が違った。

驚きはするものの、すぐに気持ちを切り替えて、次の球に備えている。


(やっぱり、選抜戦だな。面白い)


俺はキャッチャーとサインを交わす。

高低差と、外角を中心に組み立てる。

体育の授業の時のように、ただ速い球を投げるだけじゃダメだ。

バッターとの駆け引きを楽しむように、俺は一球一球、丁寧に投げ込んだ。


結果、初回は三者連続三振。

最高の立ち上がりだった。



試合が動いたのは三回。

先頭バッターに、初めてヒットを打たれた。

内野の間に転がる、当たり損ないのゴロ。

でも、ヒットはヒットだ。


初めてランナーを背負う。

少しだけ、マウンドの上が騒がしく感じられた。


(落ち着け、俺)


俺は一度プレートを外し、帽子のつばを深くかぶり直した。

次のバッターが、送りバントの構えを見せている。


(セオリー通りだな)


キャッチャーからのサインは、高めの釣り球。

俺は首を横に振った。

そして、自分の指でサインを出す。


(牽制、一球入れる)


キャッチャーが一瞬驚いた顔をしたが、すぐに頷いた。

俺はセットポジションに入ると、バッターではなく一塁ランナーに意識を集中させる。

ランナーの重心が、ほんの少しだけ二塁側に傾いた。


(今だ!)


俺は体を反転させ、一塁へ鋭い牽制球を投げた。

ランナーは完全に油断していた。

慌ててベースに戻ろうとするが、間に合わない。


「アウト!」


一つのアウトを、バッターと勝負せずに取った。

これで、一気に流れがこっちに傾く。

俺は次のバッターを内野ゴロに打ち取り、この回を無失点で切り抜けた。



「ナイスピッチ!」


ベンチに戻ると、チームメイトたちがハイタッチで迎えてくれる。

自分のピッチングで、チームの雰囲気が良くなっていくのが分かった。

やっぱり、こういうのは最高に気持ちがいい。


そして、中盤の攻撃。

俺の打席が回ってきた。


(さっきは助けてもらったからな。今度は俺が返す番だ)


相手ピッチャーは、明らかに俺を警戒していた。

キャッチャーも、外角に大きく外れて構えている。


(初球は、たぶんボール球で様子見……)


そう思った、その時だった。

ピッチャーが投げた初球が、甘く真ん中に入ってきた。

たぶん、緊張で指にかからなかったんだろう。


(もらった!)


俺はその一瞬の失投を見逃さなかった。

踏み込んで、フルスイング。

金属バットの芯で捉えた打球は、ライナーとなって左中間を切り裂いていった。


俺は一塁を蹴り、二塁ベース上で悠々と止まる。

ツーベースヒット。

この一打がきっかけとなり、俺たちのチームは先制点を奪うことに成功した。



「春海、最後は任せる」


最終回。

マウンドに上がる直前、監督が俺の肩を叩いた。

スコアは1対0。

この回を抑えれば、俺たちの勝ちだ。


「はい」


俺は力強く頷くと、最後の守備についた。

先頭と次のバッターを打ち取り、ツーアウト。

あと一人。


キャッチャーが、サインを送ってくる。

ストレートだ。

俺は、静かに首を振った。


(最後は、俺の考えでいかせてもらう)


俺はキャッチャーに向かって、小声で叫んだ。


「外一球外して、次で決めます!」


キャッチャーが、ミットを叩いて応える。

俺は大きく振りかぶって、一球、外のボールゾーンにストレートを投げ込んだ。

バッターが、思わず腰を引く。


(よし、これで意識は外だ)


そして、運命の次の一球。

俺はさっきとは全く逆の、インコース高め。

バッターの胸元をえぐるような、一番厳しいコースに、今日一番のストレートを投げ込んだ。


ズバンッ!


バッターは、バットを振ることさえできなかった。


「ストライーク! バッターアウト!」


試合終了のサイレンが、グラウンドに鳴り響く。

俺たちは、勝ったんだ。


「うおおおっ!」


チームメイトたちが、マウンドに駆け寄ってくる。

俺はみんなにもみくちゃにされながら、空に向かって拳を突き上げた。


試合後、監督から正式に、地域戦のメンバーに選ばれたことを告げられた。

チームメイトから手渡された、勝利のボール。

俺は周りに誰もいないことを確認すると、その白いボールに軽く口づけをした。


そしてすぐに、ボールを丁寧に磨いて、監督の元へ駆け寄った。


「ありがとうございました!」


深々と頭を下げて、ボールを返却する。

褒められるのも、勝つのも好きだ。

でも、感謝の気持ちを忘れたら、きっと「楽しい」は続かない。

俺は、そう思っている。


次の舞台は、地域戦。

もっと強い相手と戦える。

俺の心は、すでに次の挑戦へと向かっていた。

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