エロゲーのクラファンで三〇〇万円支援したいから、妻よ俺の話をきけ

倉木さとし

01 クラ♡ファンディングへようこそ!!

 雑貨屋の店長として面接をこなしてきた妻の圧に屈することなく、後藤茂ごとうしげるはエロゲーアピールをはじめようとしていた。問題ない。自己アピールよりうまくできる自信はある。


「仕事もなれてきたら、休憩時間の過ごし方を充実させるものだろ。俺の場合、育児も仕事のように、こなれてきたところで、有意義な休憩時間としてエロゲーの攻略をこつこつ進めていったわけ」


 三〇年以上ローンが残っているマイホームのリビング・ダイニング・キッチンに、親子三人と猫一匹の家族が勢ぞろいしている。

 エアコンが直撃する位置に設置したベビーベッドで、赤ん坊と猫は眠っている。四人がけのテーブルで、夫婦が大事な話をしているのなど知らずに、子供たちはご機嫌な寝顔だ。


「それで、育児の休憩時間にゲーム内のファミレスで働いていたのね」


 妻の呆れが混じった言葉に対して、茂は心が折れそうになった。支えとなったのは、テーブル上のパソコン横に置いた【Pia♥キャロットへようこそ!!】の箱だ。

 二〇周年を記念にして発売されたセットパックは、シリーズ作品を八タイトルプレイできる。それだけでなく、茂の勇気を奮い立たせてくれるから、かなりお得な商品だ。


「一九九六年に発売されたシリーズ第一作からプレイしていった。さすがに古すぎるけど、こういう作品がなければ、自分が好きなエロゲーも誕生しなかったと思えば、とりあえず一人攻略しなければならないという使命感を持って楽しめたよ」


 話題にあげたゲームを起動させる。パソコン画面に表示されたゲーム画面のみずぼらしさに、妻は驚きを隠せないでいた。


「シリーズ二作目は、一作目から一年ちょっとしか経っていないのに、進化が半端なかったぜ。なにがすごいかって、女の子が令和でも通用するほど可愛いんだ。攻略したいキャラが二人いて、最終的に攻略サイトに頼ってでも裸を拝ませてもらった」


 熱弁しながら、二作目のゲームを起動させる。ヒロイン達が着てくれるファミレスの制服を、どのデザインにするかの選択画面になると、妻も身を乗り出してきた。エロゲーの進化に驚いてくれたようだ。たぶん。


「そして、俺が一本のエロゲーに青春を捧げていた頃に、浮気しそうになったシリーズ三作目をプレイする時が遂にきたわけだ。目当てのヒロイン攻略にいきづまっても、今回はネットですぐ調べたりしなかった」


「そのかわりに、攻略本が郵便受けに入っていたわけね」


「あれで、ネットオークションにアカウント登録したのが沼のはじまりだったんだよ。全キャラを攻略するまでの間に、フィギュアを何体か購入してしまいました」


 テーブルの上に、メインヒロインの水着のフィギュアを置く。完成塗装品を箱から取り出して、茂はフィギュアにひと手間くわえている。ウェザリングマスターを使って肌の血色をよくし、どことなく水着を透けさせるのにも成功した。


「で、いままでの流れに沿って、シリーズ四作目をプレイしていくの?」


「そうそう、わかってきたじゃないの――でも、シリーズ六作目に『3』のヒロインの一人が髪型を変えて登場してるってのを知って、四作目のヒロインたちには悪いが、別のゲーム内で働くことにしたんだ」


「四作目のヒロインたちには悪いって言い方、なんかあれだね」


「あれがなんなのかは、追求せんぞ。とにかくだ。シリーズとしては六作目だが『4』とナンバリングがついてるその作品は、二〇〇九年に発売されてた。その作品の一つのエンディングに思うところがあってだな」


「なにかわかるか? って、問いかけるような顔してるけど、クイズ形式やめてよね。回答はパスします」


「――それまで、デフォルトのように中出しセックスしてきても妊娠しなかったくせに、この作品ではヒロインが妊娠するエンディングがあるんだ――ほら? なんだか終わりを感じるだろ?」


「よくわかんない」


「実際、その作品でエロゲーというものが終わっていく空気があった――考えてもみりゃ、プレイ出来ていない作品もあるものの、ひとつのシリーズを追いかけることでエロゲーの歴史を一三年間旅したんだ。否が応でも成長を感じてさ」


「赤ん坊の日々の成長をもっと感じなさい」


「そんなもんと比べるな」


「子供のほうが大事って意味じゃなかったら、怒るよ?」


「なんにせよ、成長の次は衰退だろ? エロゲーのあの有名シリーズ作品でさえ廃れていく。一〇年以上前の作品に、終わりを感じてしまうように、俺にとって青春だった『エロゲー』というジャンルが復活することもないのだろうな」


「あーね。最近は、スマホでちゃちゃっとゲームする感じだから、パソコンでガッツリ美少女と恋してくゲームは流行らなくてもしょうがないんだろうね」


 さすがに、落胆を隠さない夫に同情してくれるのか、妻は慰めの言葉を探してくれたようだ。気のはやい奴だ。最後まで話をきいてくれ。


「俺もそう思ってたんだけどな!」


「うわっ、なんだこいつ。いきなり元気になったぞ」


「あいつから、連絡くるまでは、エロゲーっていうのは終わったコンテンツだと思ってたんだよ」


「もしかして? 抱っこ紐のお下がりをくれた、あの子のことですかい?」


「俺も連絡きたときは、出産祝いくれたお礼をいい忘れてたかなって思ってたけど、用事はそうじゃなかったんだ――クラファンするっていう報告でな」


「クラファンって、クラウドファンディング?」


 クラウドファンディングは、群衆クラウド資金調達ファンディングを組み合わせた造語だ。大勢から資金を集め、金で買える夢を応援したり、逆にリターンで夢をもらったりする。

 パソコンでエロゲーの画面を最小化させ、クラファンのページを表示させる。


「あの『超能力疾患ちょうのうりょくしっかん』っていう美少女ゲームが、クラファン成功したら再誕するみたいなんだ! 令和でまたプレイ出来るんだよ! そういう電話だったんだよ」


「廃れた業界だからこそ、クラファンしてでも、節操なくやってやろうってことなのかな」


「俺の喜びはその程度の皮肉じゃ揺るがんぞ」


「さっき、少しでも同情したのがバカだったわ」


「とりあえず、数万円出したらエンドロールに名前が出るみたいでな。八万円のコースは支援したんだけど」


「支援したんだけど? 勝手に支援しちゃいましたごめんなさいじゃないんだ?」


「ごめんなさい、ごめんなさいだよ。クラファン気づくの遅くって、中くらいの大きさでしかエンドロールに名前が出ないのは、本当に土下座もんだ」


「誰に謝ってんだ」


 マウスを動かして、妻は支援コースを確認していく。八万円の支援コースは無制限で募集しているのだが、エンドロールの名前表示がになる五〇万円のコースは、それぞれのコースで定員は一人だけだ。


「うわっ、ヒロインの数だけ五〇万円のコースあるのに、全部売り切れてるじゃん」


「ちなみに、俺の推しの五〇万円のコースを支援したの誰だと思う?」


「クイズやめろって、さっき言ったよね?」


「そう! 俺にクラファンのことを教えてくれたアイツだよ。同じ推しだからって、ちゃっかりしてやがる。世界に一つだけの抱き枕カバーを手に入れて、添い寝する準備を整えてから、最大のライバルである俺にクラファンのこと教えてきたんだよ」


「あの子が、五〇万円支援したからって、あんたの八万円もかわいくないんだからね」


 茂からしてみれば、非常にお世話になった方のためだから、クラファンをしていると教えられた瞬間に、慌てて八万円コースを支援したのも当たり前だと思っている。

 八万円コースのリターンで貰えるグッズは、どれも素晴らしいものばかりだ。いまから楽しみである。


「いや、八万円なんざかわいいもんだよ。だっていま、俺は三〇〇万円のコースを支援するかで悩んでるんだから」


 三〇〇万円コースのリターンが、八万円コースの三七.五倍の価値があるのかと問われれば、答えはわからない。

 他のコースと違って、三〇〇万円コースでは、明確になにかがもらえるという内容は書かれていない。

 リターンは、シンプルな文言だ。


 三〇〇万円支援してくれると、神楽木鞘香かぐらぎさやかからの愛がもらえます。


 もしかしたら、プロジェクト実施者にとっては、冗談の一環でつくったコースなのかもしれない。

 でも、茂ほどの男ならば、都合良く考えてしまう。

 これはお世話になったエロゲーのヒロインに愛を試されているのだと、脳内で前向きにとらえるのだ。


 都合のいいことに、金はある。

 高校卒業と同時に一五年間かけていた生命保険が満期を迎え、三〇〇万円以上かえってきたのが、丸々残っている。

 クラファンのために、生命保険のていで結婚前からコツコツ貯金してきたとなれば、十代の頃の茂は三十過ぎた茂を尊敬するだろう。


 とはいえ現実問題、金はいくらあっても足りない。

 本来ならば産まれて間もない子供のために使うべきだ。一年間の育休で、どうしても収入が減ったことで起きる家計の赤字分にあてるべきお金だ。

 などと頭では理解した上で、茂はどうしようかと本気で悩んでいた。


 そんな風に、悩めるほどの愛を取り戻せたキッカケはなんだろう?

 子供が産まれて人生観が変わったから――育休をとって、仕事から離れているから間違いなく要因としてはありそうだ。

 でも、元を辿れば、もっと前だろう。

 子猫を拾って、家族として育てるために、新築を買い引っ越しを決めたあたりから遡れば、みえてくるものもあるか?


「そういや、あの段ボール箱に入ってる隠し財産って、売ったら三〇〇万円ぐらいになんねぇのか?」


「こいつ、そんなこと覚えてたのか。引っ越しのときに、手伝ってもらうんじゃなかったかな」


   █████


「引っ越し用の段ボール箱が足りないなら、電話しとけよ。いくらでも持ってきてくれたんだろ?」


 妻が押し入れから引っ張りだしてきた段ボール箱は、引っ越し業者が用意したものとは違った。

 販売終了したスナック菓子の名前が箱には印刷されている。それだけで年季が入っているのは伝わってくる。


「懐かしいお菓子の名前だと思わない?」


「ん? そうだな。高校時代によく食ってて、美味かった気がする。けど、味はいまいち思い出せん」


「この箱の仲間が、私の部屋の押し入れに、まだまだあるんだ。和室に運んどいてくれる?」


 引っ越し業者は、明日の朝からやってくる予定だった。作業員は三名という話なので、一人あたり千円の心付けを用意するべきか夫婦で悩んでいた。

 あーでもないこーでもないと意見を出し合って導いた結論は――引っ越し費用の中に、そういったものも上乗せされているだろうから、わざわざ用意しなくていいだろう。

 でも、前日になって、でもなー、やっぱりなーと改めて迷いだした。そこで、せめて作業スピードを上げるためのお手伝いにと、段ボール箱を和室の一部屋に集めている最中だったのだ。


「運ぶのはアイスを食べてからでもいいだろ?」


「あんた、それ何本目よ? お腹壊しても知らないからね」


「冷蔵庫の中を空にしとけって言われただろ。ほれ、クーラーボックスに入り切らなかった分を捨てるのは勿体ねぇだろうが」


 棒アイスの入っていた箱が、ガタガタと勝手に動き出す。中から世界一かわいい子猫が飛び出してきた。


「あ、そんなところにいたんだ。良かったね、みつかって」


「だな。名前を呼んでも出てこなかったら、段ボール開封祭りがはじまるところだったもんな」


「いや、それシャレにならんから」


 ペット禁止のマンション住みにも関わらず、茂は道路の真ん中で動けなくなっていた子猫を見捨てられなかった。

 妻と二人で住んでいた賃貸から、建売の新築を購入して引っ越すまで、二ヶ月たっていないというスピード感で今に至る。

 かなりタイトなスケジュールでの引っ越しのため、茂は段ボールに荷物を梱包する手間をきらって、いろんなものを捨てまくった。

 金で買った形ある大事な物が、社会人になってほとんどなかったのだと再確認できた。

 だからというわけではないが、妻の私物が入っていた押し入れの中に、引越し業者が用意したのとは違う段ボール箱がいくつも出てきたら思うところもあるわけで。


「俺が引っ越しを機に、いろんなもの捨てていくのも極端だったと思うけどさ。これ、必要なものなのか?」


 同棲をはじめたときから、一度も開けたことがなさそうな段ボール箱ばかりだ。引っ越し前夜に、いままで家賃を払い続けてきた内訳に、この箱のためのスペースがあったのなんて知りたくなかった。


「うーん。私にとっては無価値なものかな」


「あ!? じゃあ、捨てろよ。新しい家の収納スペースを無駄に圧迫する価値ねぇだろ。こいつらのために、ローン組んだんじゃねぇぞ」


「待って、待って。私には価値がないってだけだからね。価値を感じる人には大金積んででも手に入れたいお宝の箱なんだよ。いざってときに、ネットオークションで売るから。貯金が底をついたときの、後藤家の切り札ってやつよ」

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