Ep.1ー③ 李央との出会い

 俺と李央りおさんが初めてコンタクトをとったのは、美亜みあさんに告白する日のずっと前、一年生二学期のころだった。


 その当時、クラスの友達と一緒に廊下を歩いていた俺は、階段を懸命に昇る李央さんの姿を見かけた。彼女の腕には、数冊の分厚い本が抱えられていた。


(あんなにたくさんの本を一度に運んで……大丈夫かな)


 彼女の手伝いをしようかと一瞬前のめりになるも、その一歩は寸前で踏みとどまった。


 当時の美亜さんと李央さんは入学したての一年生にして、校内において生徒教師問わず知らないものは居ないほどの圧倒的知名度を誇っていた。

 対して俺は、図体がデカいだけで顔も見た目も凡百なただの一般生徒。そんなモブ的立ち位置にいる俺が気遣っても、そっけなく断られるだろう……そんなことを懸念していた。


 彼女のことは彼女に任せて、見なかったことにしよう。そうして先を行く友達の輪に混ざろうとした、次の瞬間。


「――あっ」


 踊り場の直前で李央さんは足を踏み外し、まさに階段から転落せんと直下へ倒れこむ。


「――ッ危ないッッ!!」


 危機を察知した俺は言うが早いか瞬時に駆け出し、李央さんの小さい身体が下段に激突する寸前で、無駄に広い胸板で受け止めた。


 ずざざざざっ!!


 俺は自分の身体をソリの代わりに、李央さんとともに最下段まで滑り落ちていた。

 ばさばさばさ……。

 遅れて身体を襲う激痛とともに、階段から数冊の本が滑り落ちた来る。


「て、いてててて……」

「お、おい!大丈夫かよ!?」

 痛みに呻いていると、先を行っていた友達の一人が駆けつけてくる。


「あ、あぁ。俺は大丈夫。李央さんは……って、えぇえっっ!!?」

 おそらく無事であろう李央さんに顔を向けると、俺は思わず間抜けな声で叫んでしまう。


 李央さんの身を保護するために回した右腕……それは細くくびれた腰を優に通り過ぎ、右掌は彼女の大きく豊満な片乳をむにゅりと鷲掴んでいた。


 水風船でもゴムボールでもない、不思議で未知なる感触。その細い体躯に見合わないたわわな果実はすっぽりと掌に収まり、指の間からYシャツの薄生地ごとこぼれ落ちんとしていた。


「わわわわわっ!!す、すみませんっっ!!!」


 母親以外の、しかもお互い見知ってもいない女性の乳房を触ってしまった――その事実に恐れおののいた俺は、素早く手を撥ね退ける。


「……んぅ……?」


 俺の胸板に頭を預けていた李央さんは、やがてうっすらと目を開ける。


 か、可愛い……!!

 マスクがはだけ曝け出された素顔を間近で見た俺は、その美貌に魅了されゴクリと生唾を飲む。

 校内の人気者である美亜さんの美貌は既に認知していたが、李央さんは常日頃マスクで顔を隠している。その下に隠れた、チワワのような愛嬌を兼ね備えた美顔に充てられ、鼓動はだんだんと速くなる。


「アタシ、階段から転げ落ちたの……?」

「そ、そうです。踊り場の直前で足を踏み外したので、すかさず俺が受け止めました」


 俺から説明を受ける李央さんは現実が受け止めきれないように、辺りをキョロキョロと見渡す。

 彼女が起きる直前に右腕は退けたので、おっぱいを触っていた事実は悟られない……はず。

 と、彼女の出方をおそるおそる伺っていると。


「…………ひぅッッ!?」

「?」

 突然、李央さんは小さく悲鳴を上げ、小さな顔をトマトのように真っ赤にする。


「~~~~~~ッッ」

「???」

 すかさずバッ!と素早く起き上がり、周りに散らばった本を回収する。その間彼女は、俺の顔を見ようとはしなかった。

 そして全ての本を回収し終えた後、パパッとスカートのほこりを払って立ち上がる。


「……そ、その。アタシを助けてくれたことは、ありがとう。感謝してる……でも」

「?????」


「……これから先……アタシに、金輪際関わらないで」

 李央さんはそう言い放った後、すたすたと足早に立ち去って行った。


「…………終わった」

 その場に取り残された俺は、がっくりと項垂れる。

 階段から転落しそうになった李央さんを助けたとはいえ、その細く小さい身体を強く抱きしめたうえに、たわわなおっぱいまで鷲掴んでしまったのだ。恩人として称賛されるよりも、痴漢として軽蔑されるほうが先決だろう。

 嫌われた。しかも、校内一の美少女と称される双子姉妹の、その妹に。

 自責の念に苛まれ、体育座りの膝に顔を埋めて落ち込んでいると、経緯を傍観していた友達が肩に優しく手を置く。


「自販機行こうぜ。奢ってやるよ」

「……ありがとう」


 その後友達に連れられ、好きなマンゴージュースをやけ飲みした後も、「学園一の美少女である富岳李央に軽蔑された」事実に肩を落とし、ただただ嘆息するだけだった。


 ……とこれまでが、俺と李央さんとの唯一にして、最初で最後のコミュニケーションであった。


「やっぱり俺、李央さんに嫌われてますよね」

 コンビニ前。李央さんがその場を立ち去った後、ハァとやるせないため息を吐く。


「そ、そんなことありません!李央は、その……無愛想と言うか、不器用なだけで」

 焦った顔の美亜さんは、俺と李央さんの両方をフォローしようと、両手をわたわたと忙しなく振るう。その健気さと可愛さで、重く沈んだ心が洗われる。


「でも、助けるためとはいえ李央さんの身体を強く抱きしめたのは事実です。嫌われても仕方ないことだと思います」

「いいえ。あの時力也君が助けに入らなければ、李央はきっと大けがを負っていたに違いありません。当人の李央も姉である私も、力也君には感謝してもしきれないのです」

 俺の推測にも、美亜さんは毅然とした態度できっぱりと断言する。


 確かにあのときの一連の事態は、近くで傍観していた友達によって校内中に拡散される形となった。

 双子姉妹と関りのある女子生徒数人からは感謝されたし、男子生徒からは一躍「李央さんを事故から守ったヒーロー」として称賛の声を浴びた。

 もちろん美亜さんからも何度も頭を下げられ、手作りのお菓子とともに感謝と謝意を綴った手紙ももらっている(当時はありがたすぎて、すぐに手をつけず神棚に飾るほどだった)。


 対して李央さんに関しては、事件の数日後にコンビニ菓子と「ありがとう ごめん」とだけ書かれた手紙を不愛想に手渡されただけで、特に目立った意思の表明はされていない。


 人づきあいが苦手で、さらに生粋の男嫌いとまことしやかに囁かれている彼女が、果たして俺にだけ心を開くなんて、そんな都合のいいミラクルがあり得るのだろうか。


「……何にせよ、李央さんとは和解したいと思っています。俺に不義があるのなら、いくらでも頭を下げます。美亜さんと男女の仲になった以上、彼女も俺と無関係ではいられなくなったので」

「!……そうですね、私も協力します。愛しい妹である李央と、力也君の為にも」

「お願いします。助かります」

 俺と美亜さんは心を通わせたように、コクリと小さくうなずく。


「では、今日の日程がすべて終わった後の、昼食時である放課後。そこで『なぜ私が力也君を想うようになったのか』、そして『なぜ妹である李央のことも愛してほしいと約束したのか』。その二つの真意について詳しく語りたいと思うので、どうかそれまでは待っていただけますか?」


「!もちろんです。よろしくお願いします」

 深く頭を下げると、美亜さんは真剣なオーラを引っ込め、安心感のある柔和な笑みを浮かべる。


「ありがとうございます。それではまずは、二人で学校に向かうとしましょうか。遅れてしまっては、元も子もないですからね」

「はい!」


 そうして学校へと続く残りの道のりを、俺は期待半分、不安半分な心持ちのまま歩を進めるのだった。

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