Ep.1ー② 通学路

 俺の自宅である金郷家は、現在在籍している私立・楷納かいのう高校へ徒歩で向かっても、十数分もかからずに到着するほど近い場所にある。


 しかしそんな見慣れたはずの通学路を、俺はかつてないほどに緊張しながら歩いていた。


(お、俺の……俺の隣に、美亜みあさんが……!!)


 そう。俺の隣を、「学園一の美少女」と称される富岳とみたけ美亜みあさんが、肩を並べて歩いている。告白が成功してからしばらく経つというのに、その現実を受け入れることだけはいまだに難儀していた。


「ふふ。緊張されているんですか?」


 ギクシャクしながら隣を歩いている俺のおかしい様子に、流石に美亜さんも気づいたようだ。


「えっ!?あ、はい。その……美亜さんと一緒に登校しているっていうのが、まだちょっと夢心地のようで……」


「実は、私もなんです。今も平静を取り繕ってるだけで、けつまづいてしまいそうなくらいにはドキドキしてます。ですが……」


 それから美亜さんはふと顔を下げ、それからパァッと輝かしい笑顔を向ける。


「それ以上に、嬉しいんです。想い人とこうして同じ道を歩むというのは、こんなにドキドキするものなんですね」


「!?ほばフッッッ!!!」


 彼女からのひたむきな好意を真正面から浴びてしまった俺は、胸を抑えてその場でうずくまってしまう。


 何だ!?この可愛い生き物は!?こんなに天性の可愛さで溢れた女の子が、俺の彼女であっていいのか!?小さい身に余りある尊さの後光で、身も心も浄化されてしまいそうだ!!!


 「ど、どうされたんですか!?」


 高鳴る鼓動にハァハァと息を荒げていると、驚いた美亜さんがこちらを気遣う。


「ど、どうもしてないです……。美亜さんの尊さに充てられて、不整脈を起こしそうになっただけで……」


「とてつもなくどうもしてますけど……」


「今までの一連の流れは、気にしなくていいです。それより早く、学校へと向かいましょう。俺のアホな行動で登校に遅れてしまったら、元も子もないので」


「は、はい」


 地に着いた膝のほこりを払い、彼女に心配をかけまいと即座に立ち上がる。

 すると、困惑しつつもこちらを見上げる美亜さんの腕に、学校用カバンとは別の小さなバッグがぶら下がっているのが目に留まる。


「美亜さん、それはいったい……」

「あぁこれは。先日言っていた、お昼のお弁当用のカバンですね」


 思い出した。数日前に彼女と通話をしていたとき、美亜さんが「始業式の日は、2人でお弁当を食べましょう!」って喋っていたな。

 まさか、俺のために手作り弁当を……?

 またしても心臓の鼓動が高鳴る。


「それなら、学校まで俺が持ちますよ。貸してください」

「いいんですか?」

「いいんですいいんです。むしろ荷物持ちぐらいはさせてください」

「それでは、よろしくお願いします」


 笑顔の美亜さんから弁当が入ったバッグを受け取ると、小麦が焼けたいい匂いが微かに漂ってきた。もしかして、サンドイッチの類だろうか。




「それじゃあ、通学路を辿りましょうか。お弁当、楽しみです」

「ふふ。腕によりをかけたので、お腹を空かせていてくださいね」


(……本当に俺って、美亜さんから好かれているんだなぁ)


 再び学校に向けて歩き出す傍ら、隣を歩く美亜さんのほうをちらりと見やる。

 そしてこのままずっと見続けていられるほど、美亜さんは実に魅力的な女子生徒である。


 アイドル顔負けの美顔に、男女問わず虜にする低身長と愛嬌、そして周囲の目を惹きつける大きな胸部。そんな属性過多にもほどがある彼女が、異性である男子生徒の羨望の的にならないはずもなく、一年生の時はそれはもう彼女への告白の嵐は凄まじいものであった。


 同級生や先輩問わず、隙あらば話しかけられては口説かれたり誘われたり、さらにはラブレターという段階を通り越して、大衆の面前で彼女に告白する無謀な生徒も数名現れた始末だ。


 しかし彼女は、その一切合切の目論見を玉砕した。

 プライベートは同性の友達としか遊ばず、どれだけ好条件を突きつけられても横に首を振り続けた。山のようなラブレターも、威勢のいい告白も、全て真摯に、かつ残酷に「NO」を突きつけた。


 彼女は男女ともに隔てなく接する律儀な性格でありながら、しかし貞操に関しては全校生徒の誰よりも堅かったのだ。


 そして今年の二月、「ワンチャンあるんじゃないか?」という衝動に駆られた俺は居てもたってもいられず彼女にラブレターを送り、玉砕覚悟の告白に挑んだ。


 そしてよもや、彼女からOKを貰えて今に至るのである。


 つまるところ、俺は彼女に選ばれ、認められたのだ。その事実は身に余るほどに幸せなことこの上ないが、ここで一つ疑念が生じる。


(どうして彼女は、俺なんかを選んだんだろうか)

 そこで信号のない交差点に差し掛かったため、俺は道路わきのミラーを仰ぎ見る。


 俺の顔面は良くも悪くも平凡であり、ややキャラ性に欠けるといっていい。


 おしゃれに気を遣っているわけでもなく、まさに学園ラブコメアニメの端に出てくるモブ生徒Aの身なりにふさわしい。

 

 しかし唯一モブを演じられない要素というのがこの隆々とした体格で、180㎝ある身長にはそれなりの筋肉がモリモリとついている。

 同じく筋肉質な父の遺伝子を引き継いでいるのかは分からないが、この筋肉を活かそうと体育会系の部活に入っているわけでもなく、バイトの日以外は家で漫画やラノベを嗜む、割と日陰よりのインドア派である。


 初対面の人は俺を見て「うぉ……でっか」とは思うだろうが、ただそれ以外の感情を一切引き起こさないだろう。あえて自分を卑下するなら、ただ図体がデカいだけの見た目も顔も冴えない一般モブ生徒なのだ。


 しかし彼女は、富岳美亜は俺を選んでくれた。想ってくれていた。

 数多の、しかもS級並みに魅力的な男子生徒たちからのアプローチを全て拒んだうえで、だ。


 その経緯いきさつがあまりにも謎すぎて、告白した日の後に一度質問してみたが、「近いうちにお話しします」とはぐらかされてしまった。


 初登校日である今日に迎えに来てくれたり、手作りの弁当を用意してくれたりと、本当に俺のことを好意的に捉えてくれているんだなと思うと胸が温かくなるが、反面彼女を訝しむような疑念がわくのもまた事実である。


 それはまさに、「彼女が俺を好きでいるのは、彼女自身の『欲』にも絡んでいる」とでもいうような……。


「力也さーん?もう車は通っていませんよー?」

「……はっ!?」


 美亜さんの声で、俺は意識を引き戻す。

 気づけば、俺がミラーを眺めてぼうっとしている間に、美亜さんは道路の向こう側に渡ってしまっていた。


「す、すみません。ぼーっとしてたみたいです」

「ふふ。力也さんのそういうところも可愛らしいです」


 美亜さんは俺の落ち度に気を害したわけでもなく、口に手を当てくすくすと可愛らしく笑う。

 可愛らしい……そんなことを家族以外から言われたのは、小学生以来だな。


 気を切り替え、再び美亜さんとともに歩き始めるが……胸の内に秘める靄は一層濃くなり、またしても別の疑念が胸を渦巻く。


(告白した日に、美亜さんから突き付けられた『条件』……あれはいったい、どういう意味なんだろう)


 それを約束し、守ることができなければ、彼女との交際はありえなかった唯一の条件。


「私にとっての双子の妹であり、金郷くんにとっての同級生である、『富岳とみたけ李央りお』。あの子のことも、私と同じく一人の女性として、私と等しく愛してほしいのです」


 あまりにも唐突かつ難解でしかなかった、美亜さんからの交際の条件。


 美亜さんの妹である「富岳李央」とも彼女同然の交際をする……即ち、本命公認の二股をしてほしいということに他ならない。


 その条件を突きつけられたときは「分かりました!絶対に守ります!!」なんて啖呵を切ったものだが、予想の斜め上を行く謎条件な上にその真意も聞けないまま、今日まで一人で悶々と悩んでいた。


 まず前提条件として、富岳美亜には「富岳とみたけ李央りお」という双子の妹がいる。彼女に引けを取らない、魅力的な女子生徒だ。


 交際を深める異性として、他の女性の色目を使ったり、自分の扱いを蔑ろにするな、と前もってけん制するのは大いに共感できる。しかし実の妹を、自分と等しく「一人の女性として愛してほしい」とは、いったいどういう了見だろうか。


 そのことについてどう切り出そうか悶々と悩んでいると、通学路沿いのコンビニに差し掛かる。


 ウィーーン


「ッ!!」


 その自動ドアが開き一人の女子生徒が現れた瞬間、驚いた俺は吐きかけた息を飲み込む。


 なんてベストタイミング……いやむしろ、バッドタイミングだろうか。


 その女子生徒こそまさに、今俺が頭を悩ませていた原因の一人だったからだ。


 俺の二の腕までしか届かない低身長に、肩までしなりと垂れたショートヘア。小型犬を彷彿とさせるとがった耳のような一対のアホ毛。大きな吊り目はやや威圧的ながらも、見覚えのある可愛らしさがある。

 少しサイズの大きいパーカーを羽織ってはいるが、低い身長にそぐわぬ大層な胸部装甲が、「でん!」と前に突き出している。


 顔半分を覆うマスクで表情がうかがい知れない彼女こそが、富岳とみたけ李央りお――美亜さんの双子の妹にして、彼女が愛してほしいといったその人である。


「李央!一人先に行ったと思ったら、コンビニで待ってたんだね」


「……ん」


 隣にいた美亜さんはすぐに笑顔になり駆け寄るが、李央さんの反応はいたって不愛想だ。


 低身長でありながら巨乳……いわゆる「ロリ巨乳」の属性を併せ持った彼女らは、それぞれの性格に関しては真反対である。


 美亜さんが誰に対しても愛想がいいなら、李央さんは誰に対しても割と素っ気ない。


 美亜さんが人の注目を集める愛嬌の持ち主なら、李央さんはそもそも誰とも群れたがらない。


 それぞれを動物に例えるなら、美亜さんは衆目を集めるマスコット的な仔リスであるのに対し、李央さんは注目されることすら煙たがる一匹オオカミ、といった感じだ。


 知れば知るほど「本当に双子か?」と疑うほどに対極的な彼女らだが、二人そろって美顔で可愛らしい見た目のため、彼女らそのものの注目度は校内でも特に群を抜いている。


 そして何の因果なのか、こうして鉢合わせてしまったわけだが、俺は李央さんに対して若干の尻込みをしていた。

 それは彼女が美亜さんと同じく絶世の美少女というだけではない、李央さんとの『かつての過去』が関係しているからだ。


「お、おはよう……富岳、さん」


 意を決した俺は固唾を飲み、おずおずと挨拶をする……が。


「……………………」


 李央さんは俺をジロ…ッと見たのち。


「…………っ」


 ぷぃっと顔を背け、すたすたと歩き去ってしまう。


「………ハァ」


 分かりきっていた反応に、俺は肩を落とし嘆息する。


 美亜さんから「同じように好いてほしい」と約束された双子の妹・富岳李央。


 俺はその本人から、どうやら嫌われているらしかった。


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