4日目 水族館

街を歩いていると、冷たい風にふわりと潮の匂いが混じった。

 ピミイはそのまま鼻をひくひくさせて歩き、やがて青い灯りに包まれた建物の前にたどりつく。


 ――水族館だった。

 大きな水槽の中で、魚が群れをなして泳いでいる。ガラス越しに見上げたピミイの耳に、波のようなざわめきが響いた。

 そんなとき、飼育員の青年が声をかけてきた。

「お、イベントの着ぐるみか? いいところに来たな、ちょっと手伝ってくれ!」

 ポミイは手を引かれ、裏方へ回る。

 大きなバケツに小魚がたっぷり入っている。指差されるがままに両手で抱えると、驚くほど軽々と持ち上がった。

 青年は目を丸くしたが、そのまま水槽の前へ案内する。


 観客の前で、イルカがジャンプした。水しぶきがきらめき、子どもたちが歓声を上げる。

 ピミイは指示されるまま、魚をひょいと投げ入れる。イルカが空中でそれをキャッチし、また水面に落ちる。

 拍手が起こった。

 観客の視線はイルカに向けられていたが、ときおりピミイを見て笑う声も混じった。

「コアラも餌やりしてる!」

「不思議なショーだね!」

 ポミイは気にせず、次々と魚を投げた。


 その合間に、ふとガラス越しの大水槽に目を向ける。

 そこには、ゆったり泳ぐ大きなマンタ。群れをなして流れるように動くイワシ。

 森にはなかった青い世界が、目の前に広がっていた。

 ポミイは鼻を押しつけるようにガラスに寄った。


 魚たちの群れは、まるで燃える前の森を思わせた。枝に集う仲間たち。寄り添うように暮らす姿。

 胸の奥がじんわりと熱くなる。


 その夜、仕事を終えたポミイに、飼育員の青年は小さなぬいぐるみを差し出した。

「これ、売れ残りのイルカ。持っていきなよ」

 ピミイはそれを抱え、ぺこりと頭を下げる。

 水族館をあとにすると、街の灯りはまた白く瞬いていた。


 腕に抱かれたイルカのぬいぐるみは、どこか森で失った仲間の代わりのようにも感じられた。

 ピミイはまた歩き出す。

 海の青を背に、次の街へ。

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