EP 30

黄金商人の誕生

優斗たちは、エターナルで最も壮麗な建物の一つ、商業ギルドへと足を踏み入れた。大理石の床に、磨き上げられた木のカウンター。あちこちで金貨の重なる音と、算盤を弾く音が響き渡る、まさに経済の中心地だった。

一行が受付で事情を話すと、奥から一人の女性が姿を現した。しなやかな体躯に、艶やかな黒髪、そして背後で優雅に揺れる九本の見事な尻尾。ギルドマスターを務める九尾族のユリリンだ。その切れ長の瞳は、鋭い知性で一行を値踏みしている。

「皆様、わたくしがここのギルドマスター、ユリリンと申します。して、本日はどのようなご用件ですの?」

「あ、初めまして。代表の松田優斗です。実は、この街で“指圧マッサージ”の商売を始めたくて、登録に来ました」

「しあつ……まっさーじ? 申し訳ありませんが、そのような商売、わたくしは寡聞にして存じ上げませんわ。一体、どのようなものですの?」

ユリリンの問いに、優斗はにっこりと微笑んだ。

「言葉で説明するよりも、実際に体験していただくのが一番です。少し、その美しい手を失礼しますね」

優斗はユリリンの白い手を取り、その指先から腕にかけて、優しく、しかし的確にマッサージを始めた。

「あっ……♡」

指の関節がほぐされ、手のひらのツボが心地よく刺激される。日々の書類仕事で凝り固まっていた腕の疲れが、すーっと溶けていくのが分かった。

「こ、これは……なんて気持ち良いのですわぁ……!」

「はい。こういった形で、お客様の体の疲れを癒すのが、我々の商売です」

優斗が説明を終えた瞬間、ユリリンの頭の中で、超高速の算盤が弾き出される音が鳴り響いた。

(な、なんですのこの気持ち良さ……! 設備投資はほとんど要らず、技術さえあればどこでも開業できる……! この街で働く全ての者が客になる……肩こりも……治った……!? こ、これは……売れる!!)

「……どうしましたか?」

モウラが、急に黙り込んだユリリンを不思議そうに覗き込む。ハッと我に返ったユリリンは、先ほどまでの冷静な表情から一転、満面の営業スマイルを浮かべていた。

「分かりました! すぐに商業登録を致しますわ! 代表者のお名前は?」

「はい、僕です。松田優斗」

「松田優斗様ですね。かしこまりました。では、貴方を“ゴールド”ランクの商人として登録させていただきます!」

「「「ゴ、ゴールド!?」」」

その場にいた全員、特にヴォルフが一番の驚きの声を上げた。ツリーランクから始まるのが常識の商業ギルドで、いきなりのゴールドランクなど前代未聞だった。

「当然ですわ」

ユリリンは、きっぱりと言い放つ。

「この素晴らしい指圧マッサージという新たな文化を取り入れ、事業として確立させようというその着眼点! ゴールドランクに値しない理由が、どこにありますの?」

その言葉に、ぐうの音も出ない。

「優斗、やったわね!」

「すごいじゃないか、優斗!」

エリーナとモウラが、自分のことのように喜んでくれる。

「ありがとう、皆のおかげだよ」

優斗は仲間たちに感謝しながら、少し照れくさそうに笑った。

元・引きこもりニートが、異世界の巨大都市で、いきなりトップクラスの商人として認められた、記念すべき瞬間だった。

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