EP 15
あんこという名の魔法
優斗を挟んで、一歩も引かないモウラとエリーナ。施療院の空気は、一触即発の甘い緊張感に包まれていた。その空気を和らげたのは、部屋にふわりと漂う、もぐさの香りだった。
「……でも、このお灸ってのは、香りが良いわね。なんだか心が落ち着くわ」
「本当。森の匂いとも違う、なんだか懐かしいような……良い香り」
さっきまでの剣幕が嘘のように、二人は鼻をくんくんとさせ、その香りに聞き入っていた。その様子を見て、優斗はにやりと笑う。
「そんなに気に入ったなら、いっそ食べてみる?」
「「えぇっ!?」」
モウラとエリーナの、素っ頓狂な声が綺麗にハモった。食べ物ではないものを食べろと言うのか、と二人が驚愕の目で見つめる先で、優斗は足元の石ころを一つ拾い上げた。
「まあ、見ててよ。――石よ、よもぎ餅になれ!」
優斗が念じると、硬い石が淡い光を発しながら、まるで粘土のように形を変えていく。そして、数秒後には、彼の手に鮮やかな緑色をした、見るからに柔らかそうな餅が握られていた。
「そ、そんな……! 石が……食べ物に……!? ま、魔法陣もなしに!? 錬金術でもない……!?」
魔工技士であるエリーナは、目の前で起きた物理法則を無視した現象に、頭が追いつかないといった様子でわなわなと震えている。一方、モウラはそんな彼女を見て、ふふん、と得意げに胸を張った。
「すごいでしょ! 優斗は、こういうこともできちゃうのよ!」
「はい、どうぞ。さっきの香りの正体だよ。よもぎの香りが良いでしょ?」
優斗が差し出したよもぎ餅を、二人は恐る恐る、しかし興味津々で受け取る。ふわりと漂う、甘く爽やかな香り。
「こ、最高の香りだわ……! い、いただきます!」
エリーナがおそるおそる一口食べると、そのエメラルドグリーンの瞳が、驚きと喜びに大きく見開かれた。
「おいしいいいいぃぃぃっ!! 何このモチモチした食感と、爽やかな香り! それに中のこれは……!」
「この黒い甘みは、何かしら? 初めて食べる味だけど、すっごく甘くて美味しいわ!」
モウラも目を輝かせながら、夢中で餅を頬張っている。
「それは“あんこ”だよ。豆を甘く煮詰めたものなんだ」
「あんこ……! なんて素敵な響き……!」
さっきまで優斗を巡って火花を散らしていた二人も、今は美味しいおやつを前に、すっかり意気投合していた。
「最高のおやつよ! ありがとう、優斗!」
モウラは、口の周りにあんこを少しつけながら、満面の笑みで言った。その無邪気な笑顔に、優斗も、そしてエリーナも、つられて笑い合う。施療院は、優しいよもぎの香りと、少女たちの幸せそうな笑い声に包まれていた。
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