EP 16

里を包む甘い香り

よもぎとあんこの甘く優しい香りが、施療院からふわりと流れ出す。獣人族の鋭敏な嗅覚が、この未知にして極上の香りを聞き逃すはずがなかった。

「……ん? なんだこの匂いは?」

「鍛冶場の方か? いや、違うな……先生の施療院の方からだ!」

「腹が……鳴る……!」

一人、また一人と、その香りの発生源である施療院の前に獣人たちが集まってくる。彼らは皆、くんくんと鼻を鳴らし、涎を垂らさんばかりの表情で中を覗き込んでいた。

「おい、良い香りがしたぞ!?」

「先生ぇ! 俺たちにも、その美味そうなやつを分けてくれよ!」

あっという間に施療院の前は黒山の人だかりならぬ、獣人だかりだ。その食い意地に、優斗は苦笑するしかなかった。

「分かりました、分かりましたから。皆さん、少し待っていてください」

優斗はわらわらと集まった獣人たちにそう言うと、外に出て手頃な石ころを両手いっぱいに集めてきた。そして、集まった全員に見えるように、その石ころを地面に広げる。

「「「おおおおおぉぉぉっ!?」」」

次の瞬間、獣人たちは自身の目を疑うことになった。

優斗が念じると、ただの石ころが淡い光を放ち、あるものは鮮やかな緑色のよもぎの葉に、あるものは艶やかな黒いあんこの塊に、またあるものは真っ白な上新粉や砂糖へと、次々と姿を変えていったのだ。

「い、石が……粉になっただと!?」

「錬金術か!? いや、それとも神の御業か……!」

驚愕にどよめく獣人たちを尻目に、優utoは手際よく材料を混ぜ合わせ、湯を沸かし、あっという間によもぎ餅を作り上げていく。その手際の良さは、まさに熟練の料理人だった。

「そうだ。優斗、この余ったよもぎは、里の畑に植えましょう? 色々と役に立つ薬草でもあるし、またお餅が食べたくなった時に使えるわ」

エリーナが素晴らしい提案をする。それを聞いたワンダフ長老が、深く頷いた。

「うむ……実に良い香りじゃ。これは里の宝になるやもしれん。よし、育てよう!」

そうこうしているうちに、たくさんのよもぎ餅が出来上がった。

「さあ、皆さんどうぞ!」

その声が終わるか終わらないかのうちに、獣人たちは出来立てのよもぎ餅に殺到した。そして、一口食べた瞬間、里の広場は歓喜の雄叫びに包まれた。

「うめえええぇぇぇっ!?」

「なんだこの柔らかさは! そして、この上品な甘みは!」

「甘くて美味しい! こんなに美味いもんは、生まれて初めて食ったぞ!」

普段は肉ばかりを食べている彼らにとって、よもぎ餅の繊細な風味とあんこの甘さは、まさに衝撃的な体験だった。

子供も大人も、男も女も、誰もが口の周りを緑と黒にしながら、夢中で餅を頬張っている。

優斗がもたらしたささやかなおやつは、戦いで疲弊したワギュウの里を、この日一番の笑顔で満たしたのだった。

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