EP 10

弦音は心を射抜いて

連日の施療院の盛況で、優斗はすっかり里の人気者となっていた。そんなある日の午後、治療を終えて凝り固まった体をほぐしていると、モウラが少し悪戯っぽい笑みを浮かべてやってきた。

「優斗、お疲れ様。少し気分転換しない? 面白い場所に連れて行ってあげる」

そう言って彼女に連れられてきたのは、里の外れにある弓の鍛錬所だった。屈強な獣人たちが、唸りを上げる極太の弓を引いては、的めがけて矢を放っている。

「優斗は、弓なんて扱えるの? 優斗の手は、人の体を癒すための繊細な手だから」

モウラは少し心配そうに尋ねた。彼女にとって、優斗は完全に「治療の先生」であり、武芸とは無縁の存在に見えていたのだ。

「うーん、どうだろう。でも、少しだけ経験はあるかな。中学・高校と、アーチェリー部だったからね」

「あーちぇりー?」

聞き慣れない言葉に首をかしげるモウラを横目に、優斗は近くに立てかけてあった、一際しなやかな作りの弓を手に取った。獣人が使うものとしては小ぶりだが、それでもかなりの張力がある。懐かしい感触に、自然と口元が緩んだ。

優斗は的に向かって静かに立つと、すぅっと息を吸い、弓を構えた。矢を番え、弦をゆっくりと引き絞っていく。その一連の動作に、一切の無駄がない。さっきまでの穏やかな治療師の顔は消え、鋭い集中力をまとった射手の顔へと変わっていた。

周囲の獣人たちが、何事かとその様子に注目する。

優斗はただ一点、遥か遠くの的の中心だけを見据え、呼吸を止める。

そして――放った。

ヒュッ! と鋭い風切り音を残して、矢は一直線に空を切り裂く。それは、まるで的に吸い寄せられるかのような軌道を描き、

ズドンッ!!

重い音を立てて、的のど真ん中、その中心点を見事に射抜いていた。

一瞬の静寂。

そして、次の瞬間、見ていた獣人たちから割れんばかりの歓声が上がった。

「すっげぇぇぇ!」

「おい、見たかよ今の!? ど真ん中だぞ!」

「やるなぁ、先生は! 治療だけじゃなかったんだな!」

だが、誰よりも興奮していたのは、隣にいたモウラだった。彼女は目をこれ以上ないほどキラキラに輝かせると、感極まった様子で優斗の背中に飛びついた。

「すごーいっ! 優斗、すごいわ! なに今の! あぁもう、素敵ぃぃっ!」

がっしりと、しかし柔らかい感触が背中を包む。驚きと、獣人ならではの膂力と、そして甘い匂いに、優斗の頭は真っ白になった。

「も、モウラ!? ちょっ、恥ずかしいよ、みんな見てる……!」

「あっ……! ご、ごめんなさい! ちょっと、その、あまりに格好良かったから、急に……えっと……」

我に返ったモウラは、さっと体を離すと、顔を真っ赤にしてわたわたと手を動かす。その姿に、優斗もどうしていいか分からなくなる。

「いや……その、嫌じゃ、ないんだ。ただ、その……」

優斗がしどろもどろに言い訳のように呟いた言葉は、鍛錬所の喧騒の中に、甘く溶けて消えていった。

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