EP 9
君の名は
優斗の即席施療院は、瞬く間にワギュウの里で一番の評判となった。
長老の家の一室を借り受けたそこには、次から次へと体の不調を訴える獣人たちが、珍しいものを見る目と、藁にもすがるような期待の眼差しでやってきた。
「先生、頼む!」
「次は俺の番だ!」
屈強な肉体を持つ彼らだが、その内側は長年の無理がたたって悲鳴を上げていた。優斗は一人ひとりに丁寧に向き合い、その専門知識と技術を惜しみなく振るう。
「あぁ……そこだ……気持ち良いぃ……!」
「ぐぅぅ……肩のコリが、溶けていくようだ……!」
「なっ!? 頭までマッサージしてくれるんすか!? なんてこった……!」
獣人たちの驚きと歓喜の声が、ひっきりなしに部屋に響き渡る。優斗の施術は、彼らが今まで経験したことのない、まさに未知の領域だった。そして、その度に優斗の頭の中には心地よいシステム音声が響いた。
《システム:治療行為を確認。100Pを加算します》
《システム:治療行為を確認。150Pを加算します》
ポイントは面白いように加算されていき、一日が終わる頃には、累計で3000ポイントを超えていた。
「よし、これだけあれば……」
施術の合間に、優斗は外に出て手頃な石をいくつか拾い上げた。そして、強く念じる。
(かつて学んだ、もう一つの技術。鍼灸。あれがあれば、もっとやれることが増えるはずだ)
「石よ、もぐさになれ! 石よ、鍼になれ!」
ポイントが消費され、手の中の石が光と共に形を変える。一つは乾燥したヨモギの塊――もぐさに。もう一つは、銀色に輝く、極細の鍼の束に。
「完璧だ……。これで施術の幅がもっと広がるな」
鍼灸という新たな武器を手に入れ、優斗が満足げに頷いていると、ひょっこりとモウラが顔を覗かせた。その手には、木の皮で編んだお弁当箱が握られていた。
「はい、優斗さん。お昼ご飯、持ってきたわ。ずっと働きづめだったから、お腹空いたでしょ? 食べて」
「わ、ありがとう、モウラさん」
差し出されたお弁当を受け取り、蓋を開けると、香ばしく焼かれた肉と、彩り豊かな木の実や野菜が詰められていた。空腹だった優斗は、早速一口頬張る。
「……! 美味しいよ、モウラさん! すごく!」
「ほんと!? よかった……!」
優斗の素直な感想に、モウラは嬉しそうに顔をほころばせた。そして、少しもじもじしながら、意を決したように口を開く。
「あのね、優斗さん……。もう、何時までも“さん”付けで呼ぶのはやめてくれないかな……?」
「え?」
「私のこと、“モウラ”って呼んでほしいの。私も……あなたのこと、“優斗”って呼びたいから」
そう言って、頬を染めながら上目遣いで見つめてくるモウラに、優斗の心臓が大きく跳ねた。
「……うん。分かったよ、モウラ」
優斗がそう呼びかけると、モウラは今までで一番嬉しそうな笑顔を見せた。
それは、二人がただの「人間」と「獣人」から、特別な名前で呼び合う「優斗」と「モウラ」になった、記念すべき瞬間だった。
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