EP 11
戦いの鐘
優斗の言葉が空気に溶け、二人の間に甘酸っぱい沈黙が流れた、まさにその瞬間だった。
カン! カン! カン! カン!
里の物見櫓から、甲高く、そして切迫した鐘の音がけたたましく鳴り響いた。それは、先ほどまでののどかな空気を切り裂く、不吉な響きだった。
「――っ! これは敵襲の合図!」
モウラの表情から、一瞬にして少女の甘さが消え失せる。代わりに宿ったのは、厳しい戦士の眼差しだった。
彼女の言葉を裏付けるように、里全体が騒然とした空気に包まれる。
「敵だ! 武器を手にしろ!」
「斥候からの知らせだ! 東の森からゴブリンとホブゴブリンの群れが来るぞ!」
「女子供は家の奥へ! 戦える者は西の広場に集まれ!」
獣人たちの怒号が飛び交い、のどかだった里は、瞬く間に臨戦態勢へと突入していく。
その殺気だった雰囲気に、優斗は完全に呑まれていた。
(て、敵……? 戦い……? 嘘だろ……?)
平和な日本で生まれ育った彼にとって、それはあまりにも現実離れした、恐怖の響きを持つ言葉だった。足が震え、その場に縫い付けられたように動けない。
そんな優斗を、モウラが力強く抱きしめた。
「大丈夫だから。私達は強いから。優斗は安全な場所に避難していて!」
その声は、優しさと、そして断固たる決意に満ちていた。彼女は優斗の体を離すと、傍らの武器架から愛用の鎖付き片手斧と鎖付きメイスを掴み取る。そして、一度だけ、力強い瞳で優斗を振り返ると、仲間たちが集まる戦場へと駆けていった。
「お、俺は……どうすれば……」
一人残された優斗は、ただ呆然と立ち尽くすことしかできなかった。治療はできる。弓も少しは扱える。だが、命のやり取りをする本当の「戦い」など、想像もしたことがなかった。
「おぅ、優斗か! モウラは何処に行った!?」
背後から、ワイルドの焦った声が響いた。その手には、巨大な戦斧が握られている。
「モウラは……もう、先に行きました!」
「何だと!? あの馬鹿娘が、わしを置いて行きおったか! よし、待ってろよモウラ!」
娘を案じ、今にも飛び出していこうとするワイルドの背中に、優斗はありったけの声で叫んだ。
「ワイルドさん! 俺も! 俺も連れて行ってください!」
「何ぃ!? ひょろひょろのお前がか! 足手まといになるだけだ!」
「それでも、俺も何かの役に立ちたい! 治療だけじゃない、この里の役に立ちたいんです!」
優斗は、先ほど使った弓を強く握りしめた。その目には、恐怖を押し殺した、強い意志の光が宿っていた。
その瞳を見たワイルドは、一瞬目を見開くと、忌々しそうに「チッ!」と舌打ちをした。
「……付いて来い、優斗! 死ぬんじゃねぇぞ!」
「はい!」
優斗は力強く返事をすると、獣人族の偉大な戦士の背中を追い、初めての戦場へと、その一歩を踏み出した。
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