ちょっと近くのユカイまで—3—

 VRゴーグルを着けて視界を覆い、さながら視神経が切れたような感覚を味わっていると、アナウンスが流れてきた。

『当アトラクションはお客様の設定した登場人物をAIがお客様の行動に合わせて動かす体験没入型ファンタジーVRとなっております! いつも見ているあの人、たまにみるこんな人、そんな全員と冒険できる新感覚VRをお楽しみください!』

 なるほど、俺らの行動は自由ってわけか。しかしVRだのAIだの時代の変化は早いな。しみじみと実感する。

 ゆっくりと俺の視界は開け、気がつくとなにやら草原に立っていた。そんでもってハルヒは早くも近くに見える街へと歩を進めていた。

「待てって。俺は設定もリアルも一般人なんだからそんな走れない」

「できないは嘘つきの言葉だわ! 走るのよ! キョンあんたSOS団第一の団員でしょ! 団長のあたしについてきなさい!」

 内容がこんな横暴だと理解していなければなんと頼もしい団長と言えただろう。ただこの言葉だけならすごくかっこいいんだがな、状況が状況だ。

「お前神なんだろ、空間転移くらいしてくれよ」

「そうね、さすがキョンだわ。珍しく今日は冴えてるのね。じゃあ行くわよ、『テレポーーーーート』!!!」

 珍しくが余計だ。だが神様設定をつけといてよかった、便利でいい。


 眩く光った視界の光が収まると、そこは大して景観の変わらない草原だった。

 変わった点は長門が立っていることくらいだな。つまりすごく変化している。

「よし、成功ね。有希! あたしたちと一緒に魔王を倒しに行きましょう! 宇宙人で魔法使いの有希の力が必要だわ!」

 魔王を倒すのが目的だったのか、知らなかった。というかハルヒも今決めたんだろう。そして長門が魔法使いだということも初めて知った。あの時は悪い魔法使いだったが今は良い魔法使いだろうな。

 そんな俺の心配をよそにハルヒは長門の手を握ってぶんぶん振っている。

「わかった」

 本当に分かったのか脊髄反射なのか長門は頷いた。ちなみに今長門は帽子を被ってマントを羽織った文化祭のときの格好をしている。ステッキも揃えて完全装備だ。

「じゃあ、今度はみくるちゃんのとこに行くわよ!『テレポーーーーート』!!!」



 朝比奈さんは今にもボコボコにされそうに強面な男たちの視線に突き刺されながら泣いていた。

「ふえぇぇ〜。やめてくださいぃ……」

 そこへ朝比奈さん親衛隊隊長、鶴屋さんが参上する。

「ちょっとキミたち! みくるをいじめるのは許さないぞっ!」

 二人が揃っているという思わぬ幸運にハルヒは、

「みくるちゃん! SOS団団長からの命令よ! 一緒に魔王を倒しに行くわよ! 鶴屋さんも、来てくれるわよね!」

 ハルヒは悪党顔の三人組を斬り伏せ、朝比奈さんを起こしながらそう言い放つ。

「ま……魔王ですかぁ。これが歴史の変わり目なんですね……頑張ります」

 本当にどっからどう見ても俺の朝比奈さんだ。胸元のホクロは見えないがいつも俺らにお茶を淹れてくれるメイド服姿の朝比奈さん。

 最近のVRはすごい技術だ。白亜紀には考えられてすらいなかったであろう技術がどんどんと成長していく。

「もちろん、ついて行くっさ。みくるを助けてくれたお礼にょろ」

 あいも変わらず不思議な語尾をしている名誉顧問だ。朝比奈さんと違っていつもの制服を着ている。

「よし、あとは古泉くんだけよ! そんじゃれっつ『テレポーーーーート』!!!」



 俺はこのときもしや古泉が魔王なる存在なのではないかと一瞬思ったのだが、すぐに考え直した。ハルヒがSOS団の団員を敵にするわけないもんな。

 さて、特定の状況限定で超能力者ということにはなったが一体どんな状況で超能力を使うのだろうか。

「古泉くんを出してちょうだい! 古泉くんに用があるの!」

 ハルヒが閉まった酒場のドアをどんどんと音を立てながら叩く。

「ここにいるのはわかってるのよ! 早く出てきてちょうだい!」

 そんなので誰が出てくるんだと思ったのは言わないことにした。団長殿のしたことだから団員も連帯だとかは関係ない、責任は本人に取ってもらう。

「古泉とは、僕のことでしょうか」

 不意に後ろから聞き慣れた声は聞こえないながら後ろにいるんだと分かる不思議な感覚になった。

「えぇ、この酒場は関係なかったのね。騒いじゃってごめんなさいね」

 ハルヒもちゃんと謝れるんだな。

 当然その言葉は飲み込んだ。

「古泉くん、あたしたちと一緒に魔王を倒しましょう! 副団長ならあたしについてくるのが普通よね! だってあたしは団長だもの!」

 古泉は不思議な表情をしながらも嫌そうな顔はしていなかった。俺ならもう逃げてるな。

「……わかりました。魔王はどこにいるのですか?」

 随分と早く進む話に嘆息しながらやれやれと首を振る。クセってのは簡単になくせるもんじゃないな。

「そんなのわかんないわよ。でも、次テレポートする場所にいそうな気がするわ! みんな、準備はいいかしら、行くわよ!『テレポーーーーート』!!!」

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