ちょっと近くのユカイまで—2—

 ハルヒが検温したら摂氏百度は出ていそうな満面の笑みを浮かべて助手席に乗り込む。俺はそれに倣って後部座席に座り込んだ。

「お客さんどこまで?」

 往年の熟練ドライバーらしい穏やかな男性がハンドルを握ったまま助手席のハルヒに尋ねる。

「五千円で行ける愉快なところに連れてってちょうだい! 一つくらい知ってるでしょ?」

 男性が困惑の笑みを浮かべてうんうん唸っていた。ハルヒの迷惑行為に慣れた俺なら問題ないが慣れてない人だとそうはいかない。かといってハルヒの傍若無人には誰も抗えないのである。

「……わかりました。愉快ですね。私、ハンドルを握ると性格が変わるんです。お気をつけを」

「あなたもうハンドル握ってるじゃない」

「おっと、これは一本取られましたな」

 よくハルヒに合わせられたものだ。俺にも少しはそのアドリブ力を譲ってもらえないか。

 車がゆっくりと発車し、ほんの数分で駅が見えなくなる。

 みるみるうちに景観が変わっていき、最終的にたどり着いたのはなにやら遊園地的テーマパークだった。

「なに? ここで終わり? 遊園地なんてつまんないわ。どこにでもあるもの」

「いえ、この遊園地の中に一つ珍しいアトラクションがあります。自分で登場するキャラを作れるVRです」

 ハルヒは少し機嫌を悪くして怒り顔だ。

「そんなのありそうなものだけど?」

「再現度が高いそうです」

 機嫌の悪い表情をしたまま運賃を払ってタクシーを降りた。

 まぁ往年のタクシードライバーが言うんだから少しは信頼してもいいんじゃないか。

「ほらキョン、早くしなさい! アトラクションが逃げちゃうわ!」

「アトラクションは逃げないだろ」

 機嫌に関係なくハルヒは周りを振り回すし俺は振り回される。それはもう仕方ないことだ。

 ハルヒの隣まで行ってチケット売り場にたどり着く。

「あんたの分も買っておいたわ。早く行くわよ」

「珍しいじゃないか。俺に買わせるんじゃないのか?」

「バカね。キョンを待ってる時間が惜しいわ。あたしは楽しいことにならいくらでもお金をかけられるの」

 チケットを受け取り入園ゲート的なものを通って中に入ると園内マップを見つけて手に取った。

 VRなるアトラクションはかなりすぐそこらしい。

「さ、早くSOS団で冒険よ!」

 取り戻した勢いでアトラクションの列に並び始める。長蛇の列が消えるまでその元気があればいいんだがな。



 三十分ほどして俺らの番が訪れ、ハルヒが登場人物の設定をちゃちゃっと作り上げていく。

「そうね、有希はやっぱ宇宙人だわ。宇宙人があたしたちを監視するために送った優秀な派遣員よ。宇宙人はあたしたちの文化をよく知るまで観察に徹底するから無口なのよ」

 無口どーのは全然不正解だが前半は大体正解だ。

 ハルヒはその他のちょっとした設定、いくつか写真を読み取らせて長門のアバターを完成させた。

「それで、みくるちゃんは……ドジっ娘未来人ね。あたしたちが歴史を動かすのを手助けしにやってきたけど結局なにもできずに見ているだけになるんだわ」

 概ね正解だが一応朝比奈さん(大)という優秀ながらドジな完璧未来人がいる。

 長門と同じように設定をつけ、アバターを完成させた。アバターですらこの美貌とは恐るべし朝比奈さん。

「古泉くんは……そうね……悩むわ。異世界人か超能力者か。異世界人なら役割は何になるかしら。超能力者でも万能じゃ面白くないし……。キョン、どっちがいいと思う?」

 二択まで絞れた時点ですごいよ。俺なんかマトモに見るまで信じちゃいなかったのに。

「超能力者でどうだ。特定の状況限定のさ」

「なにそれ。聞いたことない」

 ハルヒは言いながらも設定欄に超能力者と打ち込む。

「聞いたことないものなんて大好物じゃないのか」

「当たり前よ。未知ほど素晴らしいものはないわ」

 ハルヒが登場人物欄をスライドして確認する。

「あ、忘れてたわ。あたしとキョンの設定も作らなきゃ」

 涼宮ハルヒ、と名前を打ち込み、設定欄にも書き込もうとして手を止める。

「あたしの設定どうしようかしら。やっぱ団長だから世界を救う勇者とか旅の剣士とかかしらね」

 顎に手を当て目を瞑りなにやら考えている様子だ。ハルヒが悩むなんて珍しい、ただの団長にするかと思っていたんだが。

「神様とかどうだ? なんでも自分の思い通り、いくらでも楽しいことを見つけられるだろ」

 ハルヒは目を丸くしながら俺を見た。

「ふん、あんたもたまにはいいこと言うじゃない。神様兼旅の剣士にしましょ。神様なんだから剣だって使えるでしょう」

 そういうのは古泉に言ってやれ。ハルヒのことを神だなんて言ってるのは古泉の組織なんだからよ。

「キョンは、そうね、まぁ巻き込まれた一般人でいいわ。ファンタジーに一人くらいはいるでしょう」

 それまた正解だ。ただ一つ違う点を挙げるとするならば巻き込まれたではなく引きずり込まれたんだがな。

「そうだわ。せっかくだから鶴屋さんも出しましょう。鶴屋さんはなんの能力も持たないし強く見えないけどみくるちゃんを傷つける輩には容赦しないの」

 ぱっぱと設定を完成させていき、ようやくアトラクション本編のファンタジーVRがスタートする——————

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