第16話 桃華伝説

 みなとみらい駅直結のショッピングモール。

 早朝なので、まだほとんどの店がシャッターを下ろしている吹き抜けの広場で、俺はピーチズさんと待ち合わせをしていた。


 ピーチズさんとしての彼女と初対面するのは楽しみだが——あの女藍沢としての彼女にはまだ苦手意識がある。

 正直、複雑な気分だ。


「おはよ、斉田。コントローラー持ってきた?」


 コツ、コツ、とフロアにヒールの音を響かせて現れたのは、私服姿の藍沢だった。

 高めのヒールに、主張が激しくないナチュラルメイク。

 男の俺とそう変わらない長身が、すらりと伸びている。


 大人っぽくて綺麗とも言えるけど、俺を見つけて小さく手を振る仕草や、ころころと変わる表情には、どこか幼さが残っていた。


 ——正直……かわいい。


 これまでの俺は、まともに彼女の外見を見ようとすらしていなかった。

 どこか遠いリア充ランドに住む、俺とは違う世界の住人だと決めつけていたからかもしれない。

 その彼女が、俺と同じ、世間に理解されることを放棄した隠れゲーマーだったなんて、今でも信じられない。


「ああ、もちろん持ってるぞ。でも、今回はそれより姫美だ」

「そだね」


 姫美。

 あいつが俺と琴乃ちゃんをくっつけようとしていたのは知っていたが、まさか俺と藍沢の邪魔までしていたとは。


「悪いな、変なことに巻き込んじゃって。まあ、罰ゲームで俺と付き合ったのも大概だが」

「えっ? そ、それ……誰から聞いたの? もしかして、大井?」


 大井という名は知らないが、十中八九、あの金髪のことだろう。


「俺がトイレにいた時、金髪のやつがお前に言ってたじゃないか」

「うわっ、聞こえてたんだ。えっとさ……めっちゃ恥ずいんだけど……」


 藍沢はもじもじとしながら、顔の前で両手を合わせる。


「それ、嘘」


 ……嘘?


「あたしもさ、ゲーム好きなこと学校で隠してるんだよね。だから……その……斉田ならあたしの気持ち、わかるよね?」

「つまり……ゲームを理由に俺に接近してきたが、あの金髪に知られたくなくて、ただの罰ゲームだと言い訳した……ってことか?」

「そ、そ。ビンゴ、大当たり。学校で誘ったのを見られて、マジやばかった。まさか現場まで追いかけてきて、そこで罰ゲームの嘘をバラしちゃうなんて、思わなかったけど……。まあ、斉田の妹のことが本当なら納得か」


 俺たちは思ったより似たもの同士だったのかもしれない。

 ただ趣味の隠し方の方向性が、周りに溶け込むか、周りから孤立するかで真逆なだけで。

 藍沢の学校での振る舞いは、俺には到底真似できそうもない高度な技術だ。

 ぜひとも彼女の【リア充擬態】スキルを俺に伝承してほしい。


「そういえば、藍沢はどうやって俺がグリーンだと気づいたんだ?」


 俺は学校へ絶対にゲームを持ち込まないし、話題にも出さない。

 完璧な偽装だったはずだ。


「実はさ……たまたま斉田のスマホを見ちゃった。ツブッターに投稿してるとこ。でも、一瞬見えただけだし、確証とかなくて……」


 おおい、プライバシーの侵害!

 相手がピーチズさんだったからよかったものの……。

 あれが他の一般生徒だったら、俺はゲームオタクのレッテルを貼られて、限界までいじめられて、極度のうつ病を発症し、大学浪人を数十年続けた末に、親がストレスで逝って、浮浪者へとジョブチェンジするところだった。

 危ない、危ない。

 今後はツブッターの使用も控えよう。


「それで確認するために、俺と二人っきりになれる状況を作った……ってことか?」

「そ、そ。でも、いざとなると、恥ずくなって言い出せなかったんだよね。そのせいで、めっちゃこじれちゃった。もー、さっさと確認すればよかったよ」


 藍沢はへへっとはにかむ。

 俺も、彼女のことを心の中でさんざんボロクソに言ってきたのを、今となっては少し後悔している。


「ところで、姫美ちゃんは本当にここへくるの?」

「ああ、長い付き合いだからな。あいつの行動パターンは、だいたい把握してる……つもりだ」


 この階は、駅へと繋がるエスカレーターの一つ上だ。

 俺が「電車で移動中」と嘘の情報をツブッターに流したので、それを見た姫美は、俺を待ち伏せしにここへやってくるはずだ。


「ほら、来たぞ」


 通路をタッタッタッと全速力で走ってくる、小さな影。

 ボサボサの髪を弾ませながら、細い足を必死に動かしている。

 諸悪の根源姫美だった。

 今日こそは、俺がお前を翻弄してやる。


 姫美が柱に手をついて息を整えようと立ち止まったのを確認し、すかさず俺と藍沢は階段を降りて彼女に背後から襲いかかった。


「姫美」


 俺と藍沢の顔を交互に見て、姫美は恐怖で顔を真っ青にする。


「……お兄ちゃん?」

「おはよう。こんなに朝早くから何してんだ?」

「み、ミーはちょっと……えっと……その……」

「あんたが斉田の妹か。ゲームショップではお世話にな・り・ま・し・た」


 藍沢が笑顔で圧をかける。


「……ど、どうして……いるの?」

「お前を待ち伏せしてたんだよ。それより、どうして俺たちが知り合うのを阻止しようとしたんだ?」


 もっと早く出会っていれば、俺は学校でこんなに苦しい思いをせずに済んだかもしれない。

 彼女の説明責任は重大だ。

 姫美は潤んだ両目で俺を見上げ、助けを乞うように両手を合わせた。





「だ、だって……。お兄ちゃんが他の女の子とゲームしてたら、ミーは誰と遊べばいいのさ!」





 意外と可愛らしい答えだった。

 この人としての心が欠けている悪童にも、妹としての尊厳が少しは残っていたみたいだ。


「それに、その人……」


 姫美は、きょとんとしている藍沢に対してビシッと指を差した。


「成績悪いし、スポーツもできないし、将来性皆無だよ! よくいる高校がピークみたいな女。しかも実家もしょぼい! 家族構成は団地暮らしの無職シンママ、父親はとっくの昔に蒸発、同じく出来の悪い弟。お兄ちゃん、その女をちゃんと見てよ! 子供ができたら、育児放棄して、若い男と浮気して、捨てられて泣きながら戻ってくるって顔に書いてある!」


 ……察した、こっちが本音だな。


「い、言わせておけば……!」


 歯を剥き出しにした藍沢が、綺麗なネイルを構える。

 その姿はまるでモンモンのバケネコだ。


「料理音痴で掃除嫌いだから家事もできないし、お兄ちゃんがそんなのと結婚したら居候のミーがかわいそうだよ!」


 姫美の罵倒の真偽はともかく、かわいそうなのは俺じゃなくてお前なんだな……。


「……け、結婚???」


 藍沢はなぜかという単語に過剰反応し、まるで推しに告白されたかのようにキョドっている。

 意外と乙女なんだな、リア充のくせに。


「飛躍しすぎだ。ゲーム趣味が合うだけで、結婚なんかするわけないだろ。な、藍沢?」

「えっ……? ま、まあ……も、もちろん、その通りだけど!」


 藍沢もそう言っているが、姫美は疑わしそうに俺たちを見比べている。


「……そ、そうなの? かなり仲良さそうだけど?」

「当たり前だ。正直、俺も少し前まで、こいつは三十歳ぐらい上のおっさんだと思ってたしな。いきなり恋愛感情が生まれるわけがない」

「そ、そうね! ……って、!? いま、さらっとって言わなかった!?」


 ショックを受けたようにがっくりと肩を落とす藍沢。

 すまん、本当にそう思ってたんだから仕方がない。

 レトロゲームに詳しい女子高生が実在するなんて、普通は思わないだろ。


「ふ、ふーん。そうなんだ……。じゃあ、また玉の輿作戦、初めてもいいんだよね? まだミーの候補リストには優良なおなごがいーっぱい残ってるんだけど……」

「今も昔もよくないぞ!」


 だが——まあ、状況は前と変わらなくなってはいるか。


「やったー! 作戦続行! お兄ちゃん、期待しててね。とびっきりの美少女を見繕っておくから」


 俺は間違いなく、こいつを釈放したのを後悔することになるだろう。

 ぽよぽよと跳ね回る姫美を横目に、藍沢は深いため息をついた。


「迷惑な妹ね……」

「だろ?」


 しかし——まあ、妹ってのは憎たらしくても、可愛いから許すしかないんだよな。

 颯太くんほどの重症ではないが、俺も多少はシスコンなのかもしれない。


「よし。じゃあ、みんなでスパクラしに行くか」

「賛成、賛成! お兄ちゃんには勝てないけど、ピーチズぐらいなら多分余裕だし」

「ふーん、言うじゃん。ぼっこぼこにしたげるから覚悟しといてよ」



◇ ◇ ◇



 読者の皆さん、お疲れ様でした。

 書きたかったことを書き切って、ひと段落ついたので、ひとまず完結させておきます。続けるとしたら、いろんなゲームを題材にするか、◯ケモンに徹底するかが悩みどころ。作者本人は元◯ケモンガチ勢ですが、最近は広く浅く遊んでるので、どっちでもいけそう。

 ちなみに今作はサブタイトルに結構こだわったので、元ネタがしっかり伝わってるのかが気になったところ。伝わってなかったら、ただただ意味不明なだけなんで(笑)。

 では、またどこかで。

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ゲームしか取り柄のない俺だけど、妹の紹介で女の子が集まってくる件 庭雨 @niwaame

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