第2章その1

最後の年、坂上田村麻呂は征夷大将軍(せいいたいしょうぐん)に任命された

都は戦いが始まった年からずっと不作で民は飢えていた

いくさの始まりには10万を超えていた大和兵も、阿弖流為の策により大半に逃亡された

弟麻呂は都に戻り

「殆どが蝦夷に虐殺された、田村麻呂は騙されている、大将の阿弖流為は鬼の様な男だ」

と嘘の悪行の報告を帝にした

田村麻呂の報告との違いに驚いた帝は

「その様な悪鬼、大和の鬼と言われる田村麻呂でなければ退治出来まい、田村麻呂に平定させよ」

そう言って新たな役職 征夷大将軍に任命し、貴族の兵40000を与え、どうしても平定する様命じた

しかし田村麻呂はこのまま戦っても駄目だと感じた

都の辺りはずっと不作にも関わらず男手は常にいくさに借り出され、民は飢え国に不満を持っていた

蝦夷の側も同じだった

ばば様が準備した兵糧も底を尽きかけていて、

何とか戦いを終わらせねばと考えていたのだ

小さな戦いを幾度か繰り返したのち、田村麻呂は

また阿弖流為に書状を送った

今度は中央に1対1で対面した、嘘は通じない

お互い相手の事は分かっていた

田村麻呂は都の現状を正直に話した

凶作続きなのに民がいくさに借り出され、飢えて死ぬ民が出ている事、蝦夷討伐で神仏のお怒りに触れたと言う仏教派が大仏殿を新たに造ろうとして、さらなる財政逼迫に陥っている等を細かに話し、苦しむのはいつも民達だと憂いた

阿弖流為もこの4年近くで自分に付いてきた500人を超える蝦夷が死んだ事、このままでは蝦夷の精神を継ぐ者、伝える者が居なくなる憂いを話した

田村麻呂は阿弖流為に提案をした

「各部族長と下の者を都合50人連れて都に来ればこのいくさを終わりに出来る、捕虜てはなく、和議の使節としてだ、蝦夷を客人として迎えさせる」

「そんな事ができるのか?」

阿弖流為が聞いた

「出来る、してみせる、私は将軍として平定する事を任された身だ、和議をしない限りこの戦いは終わらない、どちらも不幸が増すだけだ」

阿弖流為は迷っていた

「各部族長と話し合って決めたい、1日待ってくれるか?必ず1日で答えを出す」

そう言って館に戻って行った


館に帰ると何やら大騒ぎになっていた

翁ばばが泣いていた、いや 笑っているのか?

マナに子が出来たのだ

「本当か?男か女か?」

「馬鹿者!まだ分かるか、がははは」

馬鹿者と言われても阿弖流為は喜びを隠せなかった

そして、これで部族長に相談する必要が無くなったと思った

自分に子が無いのに、もし大和で捕虜になって命を落としたら、これから日高見をどうするかと心配だったのだ

これで大和に行けると思った

「皆に話がある」

阿弖流為は部族長を集めた

「田村麻呂が征夷大将軍になった、和議のために

50人で大和に行く、

フカ、リヨウ、ショウ、ミヤ、コオ、クロ、部下を6人づつ連れて一緒に行ってくれ、サクは残す」

「なんでだよ、サクも連れてってくれよ!」

「お前は駄目だ、前の将軍の息子を殺してる、

行けば殺される、お前はこの戦いで死んだ事にする、お前の隊だけ部下7人連れて行く

49人とわしで田村麻呂の言った50人になる」

阿弖流為が言うと

「サク、お前の面を貸せ、俺がお前だと思って下げて行く」

フカが言って、耳の折れたうさぎの面を受け取った

「とと様、ショウ様は足が…!」

ショウに仕えるゲンが言ったが、阿弖流為は

「いや、ショウにも来てもらう

大和の神に会わせてくれるそうだ、蝦夷の優れた所を知ってもらいたい、ショウのあの声は恐らく大和には無いだろうから」

そう言った

「分かった、俺で役に立つなら行く」

ショウの言葉に皆納得した様子だったが、サクは「だったらサクだって騎射の名人だ!」

と怒鳴った

「お前は残ってタオを嫁にしろ、2人でマナを支えてくれ、此処に残って子供達に騎射を教えるんだ、それがお前の務めだ」

サクは泣きながら走って出ていってしまった

「とと様、かかも行きたい…」

マナが言ったが

「駄目だ!お前はここで丈夫な蝦夷を産む事が使命だ、ばば様、翁ばば様、宜しくお願いします」

阿弖流為が2人に頭を下げた

マナは切なかった、毎日生死を共にした阿弖流為と離ればなれになると思うと涙がこぼれた

翌朝早く 阿弖流為は寝所でマナを抱きしめ

「暫く留守にする、その間これを挿しておけ、ばばと翁ばばを頼む、必ず良い知らせを持って帰る」

そう言って銀の簪を挿してやり、砦に集まって

田村麻呂との約束の 大地の中央に向かった

                 つづく

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